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2009年2月19日 (木)

"The Shop on Blossom Street"

Blossomstreet_2

"The Shop on Blossom Street" by Debbie Maccomber
出版社 Mira
408ページ

読み出したらなかなか止められず一気に読んでしまいました。ページ数も大分あり、文字も細かめでしたが、英語の文体も語彙も易しかったので、のめり込んで超スピードで読み終えました。これには続編、続々編まであるようなのでぜひともすべて読みたいと思っています。

シアトルのブロッサム・ストリートに "A Good Yarn"と言う小さな毛糸屋さんを 開いた Lydia 。そこで初心者向けの編み物教室を始めます。そこに生徒として集まってきた女性3人と Lydia 。生まれも育ちも年齢も(下は20代上は50代)生活レベルも環境も何もかもが全く違う、まるで接点のない4人の女性が、この教室で出会いともに過ごすうちに次第に友情を育んでいきます。

51章からなるこの本の1章1章には4人の女性の名前が交互にタイトルとして挙げられています。各章ではその女性の話が中心となって語られながら、それぞれが絡み合い、見事に全体として話が進展していきます。ちょうど4人の女性の人生模様が交互に編みこまれて1篇の作品となったかのようです。

ちょうど話が盛り上がり「この先がもっと読みたい」と思うところで話が次の女性に変わる。ちょうど続きが気になるところで終わる連続ドラマのような感じです。話がどう進展するか知りたくて先のページをめくってみても、章とともに話が進展しているので読み飛ばすわけにもいきません。この巧みな手法で読者は最後までひきつけらるのかもしれません。

4人の女性の人生それぞれに共感したり、一緒に泣いたり笑ったり。もう私もシアトルに飛んで行って仲間に入れてください!って気分です。私も編み物始めるべき?(ちなみに機械編みはその昔相当やりましたが、手編みはまだろっこしくてせいぜいマフラーくらいしか編んだことがありません。)

ところでペーパーバックを読むのは英語の勉強でもあり楽しみでもあり一石二鳥と思っていますが、特に勉強としては自分が実際に英語を書いたり話したりする時に使える表現や単語をピック・アップ(聞き覚える・見覚える)したいという意識を常に持って英文を読んでいます。こういう読み方をすると確かに読む速度はスローダウンしてしまいますが、いたし方ありません。まあ、あまりおもしろいとつい読み飛ばしてしまうこともありますけどね。さて、第2作目の "A Good Yarn" 注文しなくっちゃ!

2009年2月12日 (木)

"A Little Princess"

  Littleprincess


"A Little Princess" by Frances Hodgson Burnett
出版社 HarperFestival
322ページ

子供が小さかった頃、世界名作劇場で「小公女セーラ」をやっていましたが、当時子供たちと一緒に夢中で見ていたものです。今回はその原作の"Little Princess" を読んでみました。テレビでの細部は忘れてしまいましたが、原作とはかなり違っている部分があり、特にエンディングは大分違っていたようです。その良し悪しはともかく、私としてはこの本に限らず、好きな本が映画化、テレビ化されると聞くとかなり心配になります。できるだけ原作に忠実に再現してもらいたいのです。「原作者の意図はどうなる!!」と叫びたい心境に駆られます。

この本は児童文学のクラシックで、私の大好きな"The Secret Garden" の作者の手になるものだということで、懐かしくもありオーディオブックサイトで朗読されているものをすでに聴いていました。そういうわけで、どのページを見ても「前に読んだことがある」と思うものばかりだけど、1ページずつ確認するように読むのはまた楽しい過程でした。少女趣味かもしれないけど、こういう"Fairy Tale" のような話はとても好きで、感動します。特に気に入った章は一人で朗読をしてみたり。最後の3章くらいはもう感動で涙なしでは読めません。

児童文学はメッセージがストレートに伝わり、単純な私の脳にピッタリとフィットするのかもしれません。
ロンドンの寄宿学校の特別室で優雅な暮らしをしていたころ、学校の下働きとしてつらい毎日を強いられていたベッキーに彼女は言います。

"Why, I am only a little girl like you. It's just an accident that I am not you, and you are not me!"
「私はあなたと同じただの女の子よ。私があなたでなくてあなたが私でないのは偶然(アクシデント)のことなの。」(こう言った時、「アクシデント」ということの意味をベッキーは理解できなくて、はしごから落ちて病院に運ばれたりすることかしら・・・と思ったりするのですが。)

セーラはお話を作ったり、何かの「ふりをすること」が好きな女の子で(後書きによると作者自身が生まれながらのストーリー・テラーで、子供の頃からお話を作っては人形を使って演じたりしていたということです)、特に「プリンセス」のふりをするのが好きだった。それはプリンセスのように高貴で、良い行いができるようにするためのものだったのです。美しい服を着て、優雅な物腰のセーラはまさにプリンセスのようだったけど、父親の死により一転、態度を一変させたミンチン学院長に屋根裏部屋に押いやられぼろを着せられ女中暮らしをさせられるようになってからも、セーラは心の中ではプリンセスでいようとします。

セーラの父親の友人に見つけ出され、再び裕福になったセーラに、院長のミス・ミンチンが最後に皮肉たっぷりに「再びプリンセスになった気分なんでしょうね。」と捨て台詞を言った時セーラは、こう言うのです。

"I--tried not to be anything else, even when I was coldest and hungriest...I tried not to be."
(私は他の何ものにもなるまいとしたのです。どんなに寒くてひもじかった時でさえも・・・他のものにはなるまいと。)

ここは最も好きな台詞の一つです。

またミンチン女史が、おろかにも金持ちになったセーラを取り戻そうとして "I have always been fond of you."(「私はいつもとあなたのことを好きだったんですよ」)と言った時に、"Have you, Miss Minchin?""I did not know that."(「そうだったんですか、ミンチン先生。知りませんでした。」) と返すところも気に入っています。単純だとは思うんですが、水戸黄門の「この紋所が目に入らぬか!」とか遠山金さんの「この桜吹雪が目に入らぬか!」みたいな感じですね。正義は勝つ、悪は滅びるという単純な図式がやはり気分がいいんです。

YouTubeで映画版を見ましたが、設定がロンドンからニューヨークに変えられていたりしてがっかり。エンディングも天敵の Lavinia が何故かセーラと抱き合って笑いあうなんてわけのわからない場面があったりしてあまりの変貌ぶりにがっかりしています。

英語のレベルとしては大変読みやすく、"The Secret Garden" よりさらに易しい英語で書かれていて、ペーパーバック初心者でも楽に読めるのではないかと思われます。ただ書かれたのが100年以上も昔なので、なじみのない物や単語などが出てきます。

2009年2月 5日 (木)

私の好きな言葉 その1

"Anne of Green Gables" 「赤毛のアン」の中から。アンの言葉。

""It is ever so much easier to be good if your clothes are fashionable. At least, it is easier for me. I suppose it doesn't make such a difference to naturally good people. "(29章)

"「流行の服を着ているといい人になるのもずっとたやすいの。少なくとも私ににとってはね。生まれつきいい人はそうじゃないかも知れないけど」

気に入った服を着ていると気分がいいし、うれしくなります。そして、何となくきれいになった気もするし、人にも優しくなれる気がする。だからアンのこの言葉にすごく同感です。アンにはこういう俗っぽいところやミーハーなところが結構あって、そこがとても女の子らしいなあと思わずにはいられません。「人は見た目より心です」というようなことを言わないところがいいのです。

2009年2月 4日 (水)

"Mamma Mia!"

日ごろから "Mamma Mia!" の歌詞と音楽を研究している友人がいて、その方からのお誘いを受け、本日映画版 Mamma Mia! を見てまいりました。 日常からしばし離れ楽しいひと時を過ごしました。安っぽい恋愛モノとかは好きではないのでこういうコメディタッチの全くのエンターテインメントが楽しいです。

しかし、それにしてもひと夏で3人の男と愛し合い、娘のソフィの父親は誰なのかわからないというのがなかなかすさまじい設定です。母親の日記には「そして・・・・(dot.dot.dot)」となってることが起こり、それが三人の男と繰り返されるのです。普通に考えれば全くあやかりたい・・・・いや、もとい、全くトンデモナイ話じゃないですか?父親が誰かはきっとDNA検査でもすればきっとわかるんじゃないかと思うんですが、やればいいのに何でやらないの・・・と思うのは私だけ?だって、自分の父親が誰なのか知りたいと思うのは全く自然なことだと思うし、誰、誰とあれこれ考えた挙句、3分の1ずつ父親だなんて全く納得できないなあ・・・人ごとながらDNA検査の結果を発表してもらわないと気になって気になってしょうがない。いろいろつじつまの合わないところも多々あったりするのですが、こういうのはあまり理屈はこねない方がよさそうですね。

ストーリーがシンプルで歌が楽しいコメディーというのが多分ヒットの理由なのでしょうね。ソィー役の女の子がかわいかった。メリル・ストリープはよく体形維持していてスリムです。それから私だったら父親はぜひサムにしてとお願いしたいと思いました。

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