フォト
2020年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« come & go | トップページ | 知らないということ »

2009年7月29日 (水)

「剱岳 点の記」

映画「剱岳」を見てきました。大自然の荘厳さ、厳しさ、美しさ、そして前人未到の地を目指しひたむきに生きる男たちの姿にただ、ただ感動しました。でもこの感動を私のつたない言葉ではあらわすすべがありません。ぜひすべての人に見に行ってもらいたい壮大な作品だと思いました。

これは明治40年、陸軍の命令を受けて、日本地図を完成させるべく、立山連峰にある標高2999mの剱岳山頂を目指す男たちの物語です。剱岳は前人未踏の地で克服できない最後の空白点だったのです。そこに三角点を設置して測量を行ない地図を完成させるというのが彼らの使命でした。

よくぞこんな険しく厳しい山の中で撮影ができたものだと思いました。「自然の美しさは厳しさの中にある」と映画の中で主人公が言うのですが、まさに撮影も危険と隣り合わせのものだったのではないかと思います。さらに今のような登山用具も装備もない時代に実際に山頂を目指した測量隊の人々や案内人の人々はまさに命がけだったでしょう。そのすさまじさは想像を絶するものがあると思います。

挑戦することのすばらしさ、人の心の絆のすばらしさ、ひたむきに何かを成し遂げようとする人々の姿は人の心に深い感動を与えます。「誰も行かなければ道はできない」と案内人に扮した香川照之が言います。この人たちのお陰で道が開けたのです。またこの山を愛し山を敬い黙々と任務を遂行する案内人が実に良かった。その姿に私は惚れました。

ただ、一つだけずっと気になったこと。設立間もない日本山岳会が、この測量隊と初登頂を競うのですが、山岳会のリーダー役の仲村トオルは剱岳登山にスーツ姿、コートの前ボタンを開けたままというのが全く不可解でした。

でも、そのなぞは「まえつるぎの会仲間たちのFさん」 から次のようなコメントをいただき解けました。

「・・・日本山岳会は明治38年に発足したのですが、当時の上流階級の人々や、貴族階級の人々が中心になって発足しています。今では誰しも気楽に楽しめる登山は、当時は完全に金持ちのステータスとしての登山でした。映画劇中の台詞で「劔岳に登るのは、あまりにも危険な遊びだと思います」とありますが、世間はそのように彼らを見ていたのでしょう。調べてみるとわかるのですが衣装や装具は当時の山岳衣装のオリジナルを忠実に再現しています。現在に比べて当時の登山の困難さはそんなところに見受けられますが、登山者のステータス、フアッションアイテムとしてかなり高価なものだったと思われます。・・・」

知らなかったです。「仲間たち」のみなさんのお陰ですばらしい映画ができました。「仲間たち」の意味は映画館で映画を見ればわかるのでぜひ映画館に足を運んでみてください。(「まえつるぎの会」というのは撮影終了後製作スタッフが立ち上げた応援ブログだそうです。)

映画の中で立山から富士山が見えたのにも驚きました。日本海側から富士山が見えるとは!!

また最後に登頂した後、実は1000年も前に修験者が登っていたという痕跡を見つける場面があり、あっと驚く結末でした。1000年前のその修験者は生きて下山することができたのでしょうか。

« come & go | トップページ | 知らないということ »

9.日記」カテゴリの記事

コメント

ブログ拝見させていただいて映画「劔岳点の記」の山岳会の衣装についてコメントさせていただきます。日本山岳会は明治38年に発足したのですが、当時の上流階級の人々や、貴族階級の人々が中心になって発足しています。今では誰しも気楽に楽しめる登山は、当時は完全に金持ちのステータスとしての登山でした。映画劇中の台詞で「劔岳に登るのは、あまりにも危険な遊びだと思います」とありますが、世間はそのように彼らを見ていたのでしょう。調べてみるとわかるのですが、衣装や装具は当時の山岳衣装のオリジナルを忠実に再現しています。現在に比べて当時の登山の困難さはそんなところに見受けられますが、登山者のステータス、フアッションアイテムとしてかなり高価なものだったと思われます。そんなところを加味して「劔岳点の記」を鑑賞すると楽しさも倍増すると思います。この映画の仲間の一人として僭越ながら書かせていただきました。映画を楽しんでいただき有り難うございました。そして突然のコメントすみませんでした、

まえつるぎの会仲間達のF様

貴重なコメントありがとうございます。そうだったんですね!!衣装や装備は当時を忠実に再現していたののですね。知らなかったのです。あの映画を見た人でやっぱり不思議に思っている人たちもきっといると思うので私のブログの中の文章もコメントに従って変えさせていただこうと思います。

「仲間達」のみなさんお疲れ様。本当に、本当によい映画です。感動をありがとうございました。

はじめてコメントを書きます。素晴らしい文章で◎
友達に聞いたら背広をきてネクタイをして山を登るのは当時のヨーロッパから来た伝統だそうです。

kokoparoさん
聞いてみなければわからないものなんですね。今の常識では考えられないですもの。

michikoさん、私の投稿でわざわざブログの文章を直していただき本当に申し訳ありませんでした。そしてお褒めの言葉をいただき感激致しました。私たちが製作した「劔岳点の記」は木村監督が企画を決意してから資料調査、シナリオの製作等々撮影をクランクインするまでに2年費やし、撮影現場では可能なかぎり当時のものを再現いしました。撮影には二年200日以上費やし、撮影中でも間違いに気付いたら撮影をしなおして、完成にこぎつけた作品でした。小島烏水の衣装に代表される様な疑問をあちこちで聞き、現代登山との違いを理解してもらえるのか心配していました。実際私達も調査するまで判らない事柄だらけでしたから。これからも映画の中で感じた疑問があれば遠慮なく書き込んで下さい。そうそう実際の頂上にあった錫杖と剣は現在立山博物館に展示していますが、ただ当時の修験者の記録は残念ながら何処にもありませんでした。追伸、撮影終了後我々製作スタッフが勝手に立ち上げた応援ブログ「まえつるぎの会」に遊びに来て下さい。撮影現場の一端が見える思います。お待ちしています。ありがとうございました。

まえつるぎの会Fさん

はい、行きます。行きます!!

良い映画は繰り返して見たいと思うものですが、そのような撮影の裏話を聞くとなおさらです。「剱岳点の記」は私にとってますます特別な映画になりました。今度見る時は、きっと感動も2倍、3倍になることでしょう。

昔のスタイルは面白いですね。私のお袋は、袴をはいて長い竹の棒を持ってスキーを滑っている写真を持っていました。確か新潟県の妙高高原と言っていたように思います。
それにしても剣岳は人を魅了しますね。私もかつて登り、厳冬期を過ぎて締まった雪に覆われ静かに聳え立っていた剣岳、紅葉の向こうで日本離れした岩峰を連ねていた剣岳は、ことさら脳裏に焼き付いています。
「剱岳点の記」を見てみたいと思います。

38組さん、

本当に面白いですね。お母様のスタイルも。

剱岳登られたんですね。映像で見るだけでも感動的に美しいのですが、本物はどれほどすばらしいでしょう!!

「剱岳点の記」は私ももう一度見に行きたいと思っています。バックに流れるクラシックもすごく映像と合っていて、今度は音楽ももっと鑑賞してきたいと思ってます。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« come & go | トップページ | 知らないということ »