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2009年8月31日 (月)

ラジオ体操で筋肉痛

ずっと前から運動の必要性を痛切に感じていたのですが、なかなか行動に移せずにいました。

市主催のエアロビクスにも行ったことがあります。フィットネスクラブの会員になってみたこともあります。せめてウォーキングでもと友達と歩いたこともあります。どれも1日坊主からせいぜい3ヶ月坊主くらい。家の隣がフィットネスクラブだったら続いたかもしれないけど、わざわざ車で出かけていくなんて時間もなければ根性もない。でも運動はしなくちゃいけない。

娘がヨガが良いと言いヨガのDVDブックを買ってやり始めたけど、腰痛改善のために始めたのに腰痛がひどくなって止めてしまいました。良かったら私もいっしょにやろうと思っていたけど、それで盛り上がっていた気分がすっかりダウンしまいました。テレビで「腕組ウォーク」を紹介していたので「これだ!」と思い買った本。どこの書店でも売り切れの人気の本だったらしいのが運良く手に入ったのに、数ページ読んで終わり。でも何かしなくちゃいけない!

そこで、一番手軽にできるラジオ体操をすることにしました。めんどうくさいことはできないこともわかったし、長続きしない。どんなささやかなエクササイズでも毎日続けることの方が大事だと気付いたのです。

英語サークルのA子さんは数年前から欠かさずやっています。それも毎朝リアルタイムでやっていて、体調はすごく良そうです。YさんはNHKテレビで「みんなの体操」と「ラジオ体操」それにウォーキングを毎日やっています。どうやら彼の場合、半分以上、いや3分の2くらいは美人アシスタントに釣られてやってるみたいだけど、ずっと続けているからやっぱりすごい。

私はリアルタイムでは無理だし、当分はYouTubeで第1と第2をやることにしました。ラジオ体操なんて、本当に久しぶりです。「たかがラジオ体操」と思っていたけど、たらたらせず言われたとおりちゃんとやると結構良い運動になることがわかりました。今日で5日目。笑われそうだけど、只今、全身筋肉痛です(;´Д`A ```

2009年8月29日 (土)

Been there, done that.

再びペーパーバック"FROM THE MIXED-UP FILES OF MRS. BASIL E. FRANKWEILER"の中から.

apple
Some people spend all their time on a vacation taking pictures so that when they get home they can show their friends evidence that they had a good time. They don't pause to let the vacation enter inside of them and take that home.
(拙訳:休暇に出かけて、ずっと写真撮ってばかりいる人たちがいる。うちに帰ってから楽しかったという証拠を友達に見せるためにね。そういう人たちは立ち止まって休暇を自分の心にしみこませようとしようとしないのです。)

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あらら、これって私のこと?でも、人の記憶がどれほど当てにならないものかも私は知っているのです。写真に残すことで記憶が新たによみがえり、永久に心にとどまると思うからです。フランクワイラー夫人が言いたかったのは、自分が見たものを心の目で感じて自分のものとせよということでしょうね。

本文では次のように書かれています。

"The adventure is over. Everything gets over, and nothing is ever enough. Except the part you carry with you. It's the same as going on a vacation. Some people spend all their time on a vacation taking pictures so that when they get home they can show their friends evidence that they had a good time. They don't pause to let the vacation enter inside of them and take that home."

(拙訳:冒険は終わったの。何にでも終わりがある。そしてこれで充分てことはないの。自分が持ち歩けるものは別としてね。それは休暇に行くのと同じこと。休暇に出かけても、ずっと写真撮ってばかりいる人たちがいる。うちに帰ってから、楽しかったという証拠を友達に見せるためにね。そういう人たちは立ち止まって休暇を自分の心にしみこませようとしないの。)

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英語の表現で "Been there, done that." というのがあります。「そこも行った、それもした。」ってことですが、旅行に行った人がそう言って自慢することを揶揄した言葉です。"Been There Done That Got the T-Shirt"とさらにエスカレートした表現もあるようです。さらにその証拠にTシャツまで買ったってことでしょうか。

"Been there, done that."には他に、「私も同じことを経験した。だからあなたの気持ちがよくわかります。」といった場面でも使うことができます。同じ言葉でも状況により意味が変わってくるのですね。

2009年8月28日 (金)

おだては世界を動かす

最後に読んだペーパーバック"FROM THE MIXED-UP FILES OF MRS. BASIL E. FRANKWEILER"の中から.

apple
Flattery is as important a machine as the lever, isn't it, Saxonberg? Give it a proper place to rest, and it can move the world.

(拙訳:おだてというものはてこと同じくらい大切な道具ですよ、サクソンバーグさん。適切な場所に当てれば、世界を動かすことができますよ。) 

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家出の相棒としてクローディアは下から2番目の弟のジェイミーを選びます。クローディアに話があると呼びつけられたジェイミーは不満たっぷり。本文中ではこんな風に書かれています。

"Why pick on me? Why not pick on Steve?" he asked.

Claudia sighed, "I don't want Steve. Steve is one of the things in my life that I'm running away from. I want you."

Despite himself, Jamie felt flattered. (Flattery is as important a machine as the lever, isn't it, Saxonberg? give it a proper place to rest, and it can move the world.) It moved Jamie. He stopped thinking, "Why pick on me?" and started thinking, "I am chosen."

(拙訳:「どうして僕なの?何でスチーヴにしなかったの?」と彼は尋ねた。
クローディアはため息をついた。「スチーブは要らないの。スチーヴは私が逃げ出したいものの一つなの。あなたがいいの。」
ジェイミーは我知らず、気分をよくした。(おだてというものはてこと同じくらい大切な道具ですよ、サクソンバーグさん。適切な場所に当てがえば、世界を動かすことができますよ。)それはジェイミーを動かした。彼は「何で僕を?」と思わなくなり、「僕が選ばれたんだ」と思い始めた。)

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なかなかうまいですね。豚もおだてりゃ木に登る。おだては世の中を動かす!!

2009年8月27日 (木)

"From the Mixed-up Files of Mrs. Basil E. Frankweiler"

  Mixedup_4

"From the Mixed-up Files of Mrs. Basil E. Frankweiler"
by e.l.konigsburg
出版社 ALADDIN
162ページ

前回の "The Soloist" とは180度転換、少し息抜きをしようと再び児童文学に戻ってきました。タイトルは長くて複雑そうですが日本語に直訳すれば「ベイゼル・フランクワイラー夫人のごちゃごちゃファイルから」とでもなるでしょうか。

クローディアはもうすぐ12歳になる女の子。4人兄弟で一番上の女の子だからという理由だけで、自分だけ不公平な扱いを受けたり、友達と比べてお小遣いが少なかったりすることに怒っています。単調で同じことの繰り返しの毎日や、ただのオール5のクローディア(straight A's Claudia Kincaid)でいることからも逃れたくなって、家出をしようと計画を立てます。

都会育ちで不愉快なことや汚いこと、つらいことが嫌いな彼女が決めた家出の先はニューヨークメトロポリタン美術館。彼女が選んだ家出の仲間は下から2番目9歳の弟ジェイミー。メトロポリタン美術館で16世紀の優雅なベッドに1週間も寝泊りした子供、いや大人だって、世界広しと言えどこの二人だけでしょう。(でも清潔好きのクローディアはこの優雅でロマンチックなベッドがかび臭くて、洗剤で全部洗ってしまいたい衝動に駆られるのです。)

頭がよくておませな姉と、(子供にしては)お金持ちでしまり屋でユーモアもある弟のコンビが絶妙で、二人の会話がかわいらしくなかなか笑わせてくれます。どうやって美術館の職員やら夜警やらに見つからず、朝夕の開館時、閉館時をやり過ごすかというところもハラハラさせられます。

思いがけず美術館でなぜかクローディアが心を奪われた「天使の像」(Angle) の謎解きを始めるところから、クローディアにとってこの家出にどんな意味があるかが、はっきりとした輪郭を現し始めます。

冒頭は本のタイトルに名前の出てきたフランクワイラー夫人の1ページ分の手紙から始まりますが、その後の物語との関係が最初はよくわからず、ずっと謎だったのですが、最後の方になってやっとつながり、思いがけない展開となっていきます。クローディアの賢さ、まじめさ、純粋さ、感性の豊かさに心を動かされます。

160ページ程度で長さも程よく、子供の心を持った大人を満足させてくれる作品だと思います。初版は1967年ですが、今回私が買った本には35周年を記念して作者による後書きがついています。この後書きは本文以上に私の興味を引きました。ニューヨークもメトロポリタン美術館も35年の間に様変わりしました。

2001年9月11日以後、人々の心や意識は変わり物価も変わりました。ただトレードセンターツインタワーが完成したのはこの本が書かれて6年後のことなので、悲しいかな当時の街の地平線は今と変わりません。5番街のオルベッテイーの店の外のスタンドには、クローディアが手紙を書くのに使ったタイプライターは今ではありません。(オルベッティーのタイプライターと言うだけで私には懐かしい響きがあります。オルベッティーではありませんが骨董品のタイプライターを私は今も所蔵しています。)また二人が"Angle" の謎を調べるために行った53番通りの図書館で使ったカード目録ももうありません。

メトロポリタン美術館はどんどん大きくなり、5番外の正面入り口も一新されました。当時は無料だった入場料が今は違います。メトロポリタンで二人が眠ったあのベッドはなくなりました。二人がお祈りをした小さなチャペルは閉鎖されました・・・などなど、興味深く読みました。

ところで余談ですが、私は4年ほど前、ニューヨークに行った時メトロポリタン美術館を訪れています。入場料は確かにありますが、実のところは suggest (提案)されているもので、自分の懐具合にあわせて払うことができるのです。ニューヨークに住んでいた友人はいつも1ドルくらいで入っていたみたいです。メトロポリタン美術館は本当に巨大です。そしてニューヨークもひたすら巨大でした。

2009年8月26日 (水)

カラオケと英語の関係

Kaidan_2 Rantai_2 Rantai2_2

日曜日、観劇が終わってから今度は英語サークルの飲み会へ。ぶらぶら歩いて新潟駅まで行くと、こんな階段が見えてきました。上手に作るものですね。

飲み会の場所は蘭タイというところでとってもおしゃれで雰囲気のあるお店でした。トムヤムクンがこんな入れ物に入って出てきました。本格的~。そして、おおー激辛(;´▽`A``

珍しくいっぱい飲んだものだから2次会のカラオケは声が出なくて困りました。しかし、ふと思ったことが一つ。英語やってる人はたいてい音感とリズム感が良いんじゃないかということ。英語のネイティブが全員そうだと言ってるわけじゃないですよ。外国語として英語を学ぶのに音感とリズム感はかなり重要な要素だという気がしています。

そう言えば昔、高校の英語の先生が「音楽が得意な人は英語がうまくなる」と言っていたのを思い出しました。もっとも、歌の上手下手はいろんな要素が組み合わさって決まるものだから「音感とリズム感良し」=「歌がうまい」になるわけではないですけどね。

今回初めて、英語ひとすじのTさんの歌を聞きました。毎朝欠かさず "Japan Times" を1時間読んでから出勤すると言うつわものです。英語以外では「この人、大丈夫なの?」って感じの人なんですけど、そこがかわいいところでもあります。彼のレパートリーがすべて演歌だったということがわかり、そのギャップに何だかとっても笑えました。

2009年8月25日 (火)

役柄を演じる

日曜日のバラエティ番組のゲストとして関根恵子さんが出ていました。テレビで見るのは何だかすごく久しぶりで、珍しいなと思いつつ掃除しながらちらちらと画面を覗き見していました。今も変わらず素敵な方だと思いました。素顔の関根恵子は実はかなりの「天然」ぶりで、意外と気さくで飾らない性格のような印象でした。

「むずかしい人」というのが彼女に対する一般的なイメージらしいですが、全く正反対の気さくな方に思われました。昔はこういうバラエティとかトークショーのようなものはなく、女優やタレントは一般人とは人種が違うというか、雲の上の人、なぞのベールに包んでおくべきものだったのでしょう。今はむしろ人間らしさを出していくという、逆の傾向があります。

印象に残っている話の一つがこれです。家事をやるのがいやになった時に「そうだ、自分がやらなきゃいいんだ、役柄で誰か他の人になってその人にやってもらえばいいんだ」と思いつき、お手伝いさんの役柄・・・それも何故かちょっとばかり東北なまりのお手伝いさん・・・を演じることにしたと言うのです。それも結構気合が入っていて、玄関から家に入ってくるところからはじめるのです。

玄関先で娘が出てくると「これはこれはお嬢様でごぜえますか。今日は一日お手伝いにやってまいりましただ・・・」(正確には覚えてないけど、こんな感じ)などと言って家に入り、「なりきり」で家事をこなしたと言うのです。いきなり玄関先でこれをやられた日には娘もさぞびっくりだろうけど、そこは女優の娘でもあり、適当に調子を合わせてくれたそうです。彼女はこの方法で家事をこなしてきた時期があったということです。お手伝いさんキャラのままで、電話に出たら相手はご主人だったということもあったとか。

さすが女優ならではとは思ったけど、ここまですっとぼけたことをする人も珍しいでしょう。

でも、多少話はずれるかもしれないけど、人はみなある意味、何らかの役柄を演じて生きていると思います。その名前、立場、職業、地位等を背負って生きていて、周囲の期待に知らず知らずに応えようとしたり、周囲の作るイメージを演じたりしているように思います。置かれた立場や役柄によって作られていく部分も大きいと思います。(昔、公務員は後姿を見ただけで公務員と分かるというようなことを聞いたたことがあります。)そうしているうちにそれが自分のものとなる。人格の一部となる。

以前ブログにも書いた"Little Princess"の主人公セーラは、どんな境遇にあろうとも、常に「プリンセス」のように振舞おうと決め、それにふさわしい行いと誇りと気高さを持ち続けました。

自分の理想の姿を思い描き、「ふり」をしたりその役柄を「演じる」ことは理想の自分に近づく第一歩だろうと思います。関根恵子の話がちょっと脱線したかな?

観劇で感激

英語サークルのメンバーの一人Junyさんが属する劇団の舞台を見に行ってきました。「舞台屋 織田組」という劇団の演ずる「濃姫夢幻蝶-光秀を愛し、信長に嫁いだ女-」というお芝居。万代市民会館で行なわれたこの舞台。Jさんがお芝居をやっているというのを聞いていたので一度は見たいと思っていましたが、今回初めて見に行くチャンスがありました。思った以上に引き込まれすっかり見入ってしまいました。Junyさんの役どころは主役「濃姫」の侍女。濃姫は信長の正室で斎藤道三の娘。

シリアスな芝居に観客の気持ちも張り詰める中、Junyさん演じる侍女は緊張をほぐすためになくてはならない役どころではなかったかと思いました。それを彼女は見事に演じたと思います。実に多芸・多才でうらやましく思います。

サークルの仲間三人で行ったのですが、あんなに面白い芝居の最中隣でYさんは時々居眠り!!毎日午後になると睡魔が襲うらしのです。Junyさん演じる侍女が雨乞いをするシーンがあり、普段から変な人だとは思っていたけど、「おいおい彼女、大丈夫か?」と言いたいくらいの熱演。ユーモラスでかなり抱腹絶倒な場面だったんですが、その場面でYさんはカバッツといきなり飛び起きました。私は笑いが止まらず困りました。

なかなかの舞台。みんななかなかの熱演。この劇団いいですよ!!また公演をやるようなら今度もまた見に行きたいと思いました。

2009年8月24日 (月)

110番

今日新潟でバイパスを走っていると道路上に大きなゴミ袋が1つ。中身はどうやら空き缶のように見える。さらに走るともう一つ大きなゴミ袋が。多分同じ車から落ちたものでしょう。このゴミ袋をよけるために急ブレーキをかけた車もあったようでブレーキ痕もある。

どこに通報すべきかと思ったけど「やっぱ、110番でしょ」と思い(なんたって他に思いつく電話番号なんて119番か117番か177番しかないものね)、ちょっとドキドキしながら「110番」通報しました。何故かドキドキするんですよね。

ゴミの落ちていた場所を言い、その後私の名前を聞かれたので名乗って、電話を切ると「位置情報提供」という見たこともない文字が携帯の画面に浮かび上がってきました。これにはびっくりw(゚o゚)w

クリックしてみると私が電話をかけた場所と時間が明記されていました。ネットで調べてみると「携帯電話・IP電話の「110番」通報位置情報システム」というものだそうで「電波到達基地局の住所地などから算出される位置情報、またはGPS対応機種による測位情報が位置情報として通知される」というシステムなのだそうです。

すぐに撤去しに行きますと言ってましたが、その後無事撤去したかどうかの連絡はきませんでした。当たり前でしょうか。警察はそんな暇じゃないか( ̄◆ ̄;)

2009年8月23日 (日)

風は秋

Sora Soundofheart Sound_2

「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」(古今集)

季節が知らぬ間に移り変わってしまうことを何とよくあらわわした歌でしょう!!毎年この季節になると心の中で何度もつぶやくこの歌。(昨日は人前で声に出して言って噛んでしまいました(;´д`)トホホ…)声に出すと言いにくいことこの上なし。ゆっくりかみしめるように言わなくてはなりません。)

今年は夏らしくない夏でしたが、昨日、今日と久しぶりにすばらしい青空を見た気がしました。でも、吹く風はすでに秋。

新潟に向かう車の中から真っ青な空に白い綿菓子のような雲。この雲に乗ってみたい。こんな空と雲を見ていると神の大いなる意思を感じずにはいられません。この宇宙を作った何か大きな大きな力を。

"God's in his Heaven--
All's right with the world! "
神は天に在り、この世は総てよし(松本侑子訳)
(ブラウニング作 PIPPA PASSESより。「赤毛のアン」の最後にアンがつぶやいた言葉でもあります。)

2枚目と3枚目の写真は「水と土の芸術祭」の場所を2箇所ほど寄り道して撮った写真です。アートの展示があちこちにあり、地図も持っていなかったので探し当てるだけでも大変でした。これは"Sound of Harvest" という作品。「インドネシアの田圃で見られるカラクリ風車1000本を設置」とあります。青空にからんころんとにぎやかな音がして何だか楽しい気分になりました。

2009年8月17日 (月)

三島まつり花火大会

Mishima Mishima2 Kiho


長岡市三島まつり花火大会に行ってきました。「はなみずき温泉喜芳」の露天風呂から見ると花火が真ん前に見えると聞き、「喜芳」にチェックイン。入館料は一人800円です。何と贅沢な花火の楽しみ方でしょう!!露天風呂は意外に広くて思ったほど混んでいなかったし、お湯の温度も低めだったので結構な時間をお湯の中から眺めていました。

すっかりのぼせてしまってお湯から上がり、屋上に行きました。屋上にはシートやイスやテーブルがセットしてあり、こちらも思ったほど混んではいなくてよく見えました。ほとんどの人たちは打ち上げ会場で観覧するのでしょうね。長岡花火や柏崎花火のような大きい花火や大掛かりなものはなくぽんぽん上がっているだけなんですが、小さくてもかなり近いので迫力があります。

温泉から上がって屋上に行くと心地よい風が吹き、何もつけなくても顔も身体もつるつる。新手の花火の楽しみ方で最高の夜でした。

ところで、屋上で缶ジュースを買って飲んだら150円しましたが、花火終了後、下に降りて自販機を見たら全部120円。何と「屋上価格」だったんですね。(でも、ここ最上階は2階なんですよ。)いやー、びっくりしました。

2009年8月16日 (日)

圧力鍋復活!!

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巷では最近圧力鍋がブームになっているらしい。娘が圧力鍋を欲しいと言って、このところ調査・研究をしています。そういえば私も圧力鍋を持っていたことを思い出し押入れの奥から引っ張り出してみました。一般に圧力鍋と言えばガス式しかないと思っている人も多いようですが、私のは東芝の電気圧力鍋。電気式です。

実はどこかからもらったもので、何度か使ったものの使い方が何となく難しそうだし、面倒な気がして、やがてお蔵入りしてしまいました。(実家が電気屋なので多分家からもらってきたのかも知れません。)今、長い眠りから覚めてようやく日の目を見ることになりました。

結構な骨董品で、大丈夫かなと思いつつも早速その日にポークシチューを作ってみました。本当はビーフシチューだけど、ビーフの固まり肉は高いし、冷蔵庫の中に豚ばら肉があったのでそれを使いました。短時間で本当に肉がとろけるように柔らかくできました。

翌日は五目豆を作ってみました。豆は時間がかかって煮るのが大変だけど、あっという間にふっくらおいしく焚きあがりました。(写真2枚目)ちょっと感動!!

その後、インド風チキンカレーやアジの甘露煮など作ってみましたが、骨付きチキンは箸でもスプーンでも簡単に肉がほろっと離れるし、アジも骨まで食べられるのです。

使い方が難しいと思っていたけど、基本さえわかれば意外と簡単。今日のお昼はゆで鶏を作りました。3枚目の写真はゆで鶏でアボガドのサンドイッチです。鶏とアボガドのほかに玉ねぎ、レーズン、ゆで卵、などが入っていて、マヨネーズとカレー粉であえました。パンは今朝ホームベーカリーで焼いたものです。家電調理器具は偉い!

ところで私の圧力鍋の使用説明書を読んでみると「パッキンは消耗品なので1年に1回程度取り替えてください」とあります。そこで東芝に問い合わせをしてみると、私のは1984年製のものであり、すでにパッキンなど部品はないとの返事。やっぱり。

今のところパッキンに損傷はないので当分は大丈夫とは思いますが、こういうところに日本のメーカーの姿勢が現れていると思いました。日本のメーカーには良いものを長く使ってもらいたいという心意気が全くない。作りっぱなしで、壊れたら捨てろと言う。25年も前に製造された製品の部品を持っていろと言うのは無理なことなのでしょうか。

技術の革新が目覚しく変わらざるを得ないと言う事情もあるかも知れないですが、圧力鍋に関して言うと基本的な構造はほとんど変わっていないと言うこともネットで知りました。外観も30年前に初めて出された時と今とではほとんど同じ。つまりすでに30年前に「出来上がった」商品なのだとも書いてあります。すでに完成品だったわけです。

ガス式が主流のようだけど、電気はスイッチさえ押せば火の調節もしなくて良いしそばについている必要もなく安全です。最近はマイコン制御のものになってるようなので、この骨董品の圧力鍋よりずっと便利になっているはずです。私みたいなおっちょこちょいは電気が絶対良い。「ママは危険だからガスは絶対止めた方がいい」と娘が太鼓判を押しています。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・

ところで、ガス式のものですが、ドイツのフィスラーの圧力鍋(ガス式)の保障期間は15年と知って驚きました。買った日から15年。ドイツは昔から良いものを長く大切に使うと言う文化があると聞いていたけど、今も変わらずその良き伝統を守っているのだなあと思いました。フランスのティファールの圧力鍋は10年保証だそうです。電気式ではないので単純に比較はできないかも知れないですが、メーカーの自信と心意気の表れではないかと思いました。

この9月には食欲の秋に向かってパナソニックから新製品が出るそうです。どんなものが出てくるか楽しみにしています。

2009年8月 9日 (日)

"The Soloist" その2

Soloist


"The Soloist" by Steve Lopez
出版社 Berkley
300ページ

以前、この本のイントロの部分の紹介をしているので若干重複する部分もあります。

作者はロサンゼルス・タイムズ(新聞)のコラムニストであるスチーヴ・ロペス。コラムのネタを求めて東西奔走していた彼はある日ロサンゼルスのダウンタウン路上で、ぼろをまとい陶酔しきってベートーベンを弾いている黒人のバイオリニストに遭遇する。お金のために弾いている様子も全くない。よく見ればバイオリンに弦は2本しかなかった。男の名はナサニエル・エアーズ。かつてはジュリアード音楽院の学生だったとわかる。

35年経った今もジュリアードに残されたナサニエルの記録をひも解けば、そこには前途有望な夢と才能にあふれた若き音楽家の姿が見えた。同級生にはヨーヨー・マがいたが、二人は同じオーケストラでともに演奏していたこともあったのだった。彼がジュリアードから脱落した理由は統合失調症、かつては精神分裂と呼ばれた精神病を発症したことだった。

この本を読み統合失調症というのがどういうものか知ることになりました。大変複雑な病気で治療に必要なのはひたすら周囲の忍耐です。ロペスはコラムのネタを求めて彼に近づいたのだが、強く彼に惹かれやがて仕事の範囲を超え、路上生活から彼を救い、病気を治したいと思うようになります。そのことにより彼の人生は思わぬ忍耐と苦渋を強いられることになります。

ナサニエルが発病した1970年代当時の精神病患者に対する扱いは手錠、薬物、幽閉と言ったものでした。あくまでも路上生活に執着するナサニエルを自分の意志で建物の中に入れようとすることは賽の河原で小石を積むが如くでした(ちょっと比喩が純日本風になってしましましたが)。一歩前進の勝利の後に来る落胆。ロペスが勝利の感動に浸る時、私も全身鳥肌が立つ感動を覚え、またその後に来る落胆や失望には共に打ちのめされる思いでした。

この本の中で特筆すべきは二人の間に育っていく友情です。この二人の間にはいわゆる普通の会話というものはありません。住む世界はあまりにかけ離れているからです。

・・・・Come to think of it, Nathaniel and I don't really have conversations. Mostly he talks or plays music and I listen. He can't relate to my world and I have trouble relationg to his.

And yet for all that, he's changed my chemistry, too.

No, we don't have too many so-called normal conversations. Buyt what's normal? I hold his hand in mine, and neither os us needs to say a thing.・・・・

という部分があります。二人が互いに共感するところはない、しかし、すべてを超越し包み込むような友情の深さに心を動かさずにはいられません。

ナサニエルを救おうとするうちに、ロペスは自分自身が救われるのを感じます。彼の中で何かが目覚めていきます。ナサニエルにとって音楽は神であり、愛であり、彼の存在のすべてだ。そのひたむきな姿の中に、自分の信じるものに対し自分を捧げて生きるという人間としての尊厳を学ぶのでした。

ロサンゼルスとと言えばアメリカ第二の都市ですが、その華やかな市中心部にスラム街があると言うアメリカの暗黒の一面を見ました。街には精神病患者、麻薬、暴力、犯罪があふれています。文面からもスラムのすさまじい様相が伝わってくるのですが実情はいかばかりでしょう。ナサニエルのコラムを読むことにより人々の関心が高まり、事態は少しずつ向上してきたと言うことですが、まだまだ道のりは遠いようです。そしてこの二人の行く手にもまだまだ困難が待ち受けていることでしょう。

この本は実話です。作り物にはない実話の持つパワーに、一つ一つのエピソードの重さがずっしりと伝わってきます。

もう一つ驚くべきことはナサニエルが正式にジュリアードで学んだ楽器はコントラバス(string bass)でした。ロペスの書いた路上のバイオリニストのコラムに感銘を受けた人達が彼にバイオリン、チェロ、ピアノなどを送ってくるようになりました。どの楽器でも彼は弾きこなしてしまうのです。この病気がなかったら彼はおそらくヨーヨー・マと並ぶ音楽家になっていたことでしょう。本の最後の方で彼は約30年間ぶりにコントラバスとの再会を果たします。

・・・"This is huge,"Mr. Ayers says, getting reacquainted after roughly thirty years of playing violin and cello.
He's right. The bass is so big it makes him look tiny, like the kid who fell in love with the instrument in Mr. Moon's middle school music class.

I've waited almost two years to hear this," I tell him.・・・

この最後の部分も実に良かった。鳥肌が立ちました。この本は私にとってかけがえのない1冊になりました。

ロペスの簡潔で洗練された無駄のない美しい文体は私はとても好きなのですが、出てくる語彙もレベルが高いものが多く、ある程度ペーパーバックを読みなれた方にお勧めの一冊です。すでに映画化され、日本語の翻訳も出ているようです。

2009年8月 8日 (土)

海辺のドライブ

Seaside2_2 Fune Seaside


日常の喧騒を離れ、シーサイドラインを走り久しぶりに海の空気を吸ってきました。海のある風景は何て心が安らぐのでしょう。何故か郷愁を誘い、人の心をどこか遠くに運んでくれるような気がします。

思わず口ずさむ海の歌。「海は広いな大きいな、月は昇るし日が沈む♪ 海にお舟を浮かばせて、行ってみたいなよその国♪」

こんな小学校唱歌は今では小学校の教科書には出てこないのでしょうか。

土曜日なのに意外と海水浴をしている人たちが少ないと気づきました。最近はプールばかりで海には来なくなったんでしょうか。昔は夏と言えば海水浴だったものです。

間瀬の海岸で撮った海辺の風景。3枚目は車の中からトンネル入り口に差し掛かるときにフロントガラス越しに撮りました。

2009年8月 6日 (木)

英語のアクセント

英語のアクセントや発音は一様ではありません。

最近では強勢アクセントの問題や発音問題は学校のテストでもあまり出さなくなってきました。人によっても違うし、複数正解という場合もあるからです。

私のところに来ている高校生や大人の生徒さんが私と違う読み方をした時は、私は必ず辞書を引いて確かめます。それは自分が間違って覚えていることだってあるし、実は両方とも正しいという場合があるからです。

英語サークルで読みあわせをする時も同様です。他の人が読んでいる時に「あれっ」と思うと即辞書を見ます。そんな時ふと隣の人を見ると同じく辞書を引き始めていたということもあります。

先日高校で教えている友人から聞いた話です。"increase"という動詞の強勢を置く場所を問う問題がテストに出されたそうです。 私は普段「インクース」と後ろに強勢を置き発音しています。ところが辞書で調べてみると「インクリース」と最初にアクセントを置くのもありだとわかります。一般的には同じ単語でも名詞は前に、動詞は後ろにアクセントが来ると言う法則がありますが、この語の場合どちらもありです。"decrease"という反意語と対照させる時には最初にアクセントがくることが多いとも書かれています。

「正解」とされたのは「後ろに強勢」でしたが、「前」と答えた生徒の一人が辞書には両方載っていると先生に言いに行きました。テストを作った先生はベテランの先生でしたが、そのように教えてないから正解にはできないと却下。私の友人はそれはおかしいと思いながらも、その先生に反対することができかったそうです。

その生徒さんは先生に対しさぞ不信感を持ったことでしょう。複数回答が可能な問題はそもそも問題としては不適切なのですが、ふたを開けてみたら予想していなかった答えが出てくる場合もあります。

私がその先生だったら、訂正して謝り、むしろ「勉強になったわ、ありがとう」と感謝したいくらいです。辞書だって絶対とは言えないこともあるとは思います。またネイティブに聞いてもそれが絶対正しいとも言えません。言葉は時代とともに変化していくものだから、前に覚えたことだって今は違っているかもしれません。

かつて "mail" は数えられない名詞だから "an e-mail" とか "e-mails" はおかしいと憤慨していたネイティブの人がいましたが、今では当たり前に使われるようになりました。このような例はいくつもあります。

いつもアンテナを張って情報を更新しておきたいものです。

2009年8月 5日 (水)

「あむらー」の次は「しまらー」?

「しまらー」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。中学1年生の生徒さんたちから昨日初めてこの言葉を聞きました。「しまむら」の服に身を包んでいる女性を称して言うのだそうです。この生徒さんたちは「しまむら」でよく買い物をすると以前から聞いていました。

ネットで調べてみると「“激安ファッション”拡大 今夏は「しまらー」街を席巻!?」という見出しで次のように書かれていました。

・・・一部メディアが「しまむら」の服で身を包んだ女性を「しまらー」と報じた影響などもあり、昨年後半からは10代後半から20代の女性がこぞって飛びつき、東京・渋谷をはじめ、急増中という・・・

もともとは低価格の普段着などを売っている店で主婦層が主な顧客だった店です。「しまむら」はこの辺りにしかないものだと勝手に思っていたので全国展開しているというのを知りまず驚きました。

昔、安室奈美恵を真似たファッションに身を固めた女の子を称して「あむらー」と呼んでいたことを思い出しました。その連想で「しまらー」と言うと何となくファッショナブルな響きが感じられます。イメージがいかに大事かと言うことでしょう。「つっかけ」を「ミュール」と呼んだら爆発的に売れ出したことも思い出されます。

不況であまり高い品物は売れなくなっているということなのでしょうが、同時に人はいかにイメージに流されやすいものかと思わずにはいられません。逆に売る側はいかにおしゃれなイメージを出してくるかが成功の秘訣ですね。

娘の友達の一人は、ずっと前からしまむら服の愛用者で、「しまむらの服や下着はかわいいのがあって、結構あなどれない」と言っているのを聞いたことがあります。彼女はいつもおしゃれでかわいい。こんな風にマスコミやイメージに振り回されることなく自分の判断でおしゃれを楽しんでいる人も確かにいるんですね。

目の飛び出るようなブランドがトレンドになるよりみんな飛びつきやすい。「しまむら」の服は買ったことないけど、今度街に出たらチェックしなくっちゃ!!(・_・)エッ....?

2009年8月 4日 (火)

ひょうたんから駒

昨日8月4日月曜日は長岡花火二日目でした。

娘が長岡に住んでいて、毎年信濃川河川敷まで見に行くのですが、今年は5ヶ月の赤ちゃんがいてまだ無理。

でも、どうしても見たいと、一日目の花火に娘夫婦は子連れで日赤病院の駐車場まで行ってみたそうです。打ち上げ場所にかなり近い場所でなかなか良かったと言います。

娘は2,3日前から腰痛がひどくなり、昨日の昼間近所の整形外科で診てもらっていたので、2日目の花火は腰痛が良くなれば日赤辺りまで行き、良くならなければ自宅周辺で見ようということになりました。

車で長岡に出発する前、電話でこんな会話をしていました。

「日赤の駐車場に車とめられたらいいのにね。一時的に日赤に入院というのはどうだろう?」と私。
「私が緊急医にかかるとするか」と娘。
「そんなこと言ってて本当に病気にでもなったりしたら大変だよね」

そしたら何と冗談が本当になってしまいました。まさに「ひょうたんから駒」です。夕方になって腰だけではなく体全体がだるくなり熱を測ってみたら39.4℃もある。

すでに時間外で当番医が奇しくも「日赤病院」。車に娘と赤ちゃんを乗せ、通行止めの日赤前の道路に急病人だからとお願いして入れてもらいました。花火はすでに開始していたので交通量は少なくなっていて渋滞もなく、病院に到着。娘が診察を受けている間、私は病院の駐車場で孫を抱っこして花火見物となりました。(血液検査に1時間かかると言われました。)

「きれいでしょう?すごいねえ」と言葉もわからぬ赤ちゃんと会話しながらの花火観覧。大音量なのですが、怖がる様子もなく、花火がきれいだとわかるのかどうか、おとなしくじっと花火を見上げていました。そしてやがてそのまま眠りについたのでした。(めちゃめちゃ重くて、私は腰がめりめり。今日は腕も筋肉痛になっています。)

娘の診察と血液検査が終わる頃に最後のスーパーフェニックスが打ち上げられ丁度花火も終了しました。

やっぱり、長岡花火はすごい。さすがに日本三大花火と言われるだけのことはあります。2.7キロにも広がるという今年のフェニックス。夜空を埋め尽くす花火を見る感動は表現のしようもありません。

花火終了の時刻と重なり、帰りは大渋滞。普段15分位の道のりが2時間位かかりました。病院に行ったのは良かったのか悪かったのか。あまりに熱が高いので実は新型インフルエンザを心配したのです。実際そうではなかったのでほっとしました。

娘のその後ですが、薬が効いたのか39度代の高熱はやがて治まり、今は微熱になっています。

2009年8月 3日 (月)

赤毛のアンランチ

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「赤毛のアン」公演記念スペシャルランチに行って来ました。メニューは「赤毛のアン」にちなんで次の通り。

本日のスープ・サラダ3種・コーヒー・紅茶(バイキング形式)
マリラのチキン(越乃鶏肉)のトマト煮込みと鮮魚のソティ
マシュウのジャガイモのグラタン添え
アンのレイヤーケーキとバニラアイス
ダイアナとのお茶会のコーディアル・ジュース

サークル仲間のヘレンさん がこのランチを見つけ、予約をしていてくれました。今日が待ちに待ったその日です。二人して一品出てくるごとに「まあこれがマリラのチキンよ」「コーディアル・ジュースね」などと、きゃあきゃあはしゃぎながらそれぞれ写真をパチパチというのを繰り返し、楽しくおいしい一時を過ごしました。

「赤毛のアン」の世界に浸って夢見がちだった中学生時代にしばしタイムスリップ。

さて、今日初めてヘレンさん(れっきとした日本人です)の車に乗せてもらって思いがけない発見をしました。彼女の方向音痴は私と良い勝負だということ。

英語サークル終了後、公民館を出ると、何の疑いもなくレストランのある「りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館」とは真逆の方向に走りだしたヘレンさん。そしてそれを全く不思議に思わない私。途中から変だと気づき地図を縦にしたり横にしたり逆さにしたりして大格闘。勿論初めて行った場所ではありません。二人とも「A地点からB地点には行ける、A地点からC地点にも行ける、でもB地点からC地点には行けない」というすばらしい方向感覚を共通して持っているのです。気軽に世界を一人で飛び回る彼女がこんな方向音痴だなんて。

結局ぐるっと一回りして最初からやり直し。

帰りは帰りでどこに駐車したか二人とも完全記憶喪失状態。入ってきた時とまるで違う方向に歩き出したらしくどこにも車は見当たりません。「C駐車場」に入れたということだけはわかるけど、どこにも「C」の表示はないのです。みんなどうやって自分の車を見つけるんでしょう?

しかもどの駐車場も見たところそっくりで、乗ったエレベーターの外観も全部いっしょ。仕方なく駐車場入り口のゲートをくぐって表に出て確かめてやっとたどり着くという大変な苦労をしました。

そして二人して迷子になってるにもかかわらず一歩歩く毎「おお、いい景色!!」などと言いながらパチリ、パチリ。以前別の友達とニューヨークに旅行した時、「michikoさんと歩いていると、いつまで経っても目的地にたどりつかない!!」と怒られたことがあるのですが、ヘレンさんもご主人と歩くと全く同じことを言われるのだそうです。「何だか似てるぞ、この二人」と俄然仲間意識がわきあがり、何だか嬉しくなりました。(「それでいいのか?」とどこかで声が・・・)

2009年8月 2日 (日)

7.13水害復興記念 第5回三条夏まつり大花火大会

Sanjo


「7.13水害復興記念 第5回三条夏まつり大花火大会 」と銘打った今年の三条花火大会。例年よりパワーアップ、最高でした!!

今年は仕掛け文字(スポンサーの名前が浮き上がる)を止め、その分花火が豪華になりました。そんなに張り切らなくても座るところはあると言われましたが、それでもやはり例年のごとく朝7時頃に場所取りに行って来ました。

曇りのち雨、降水確率40パーセントと予報が出ていました。柏崎に続いて今年の花火は雨にたたられっぱなしで全くついていません。もうすっかり開き直って最初から雨合羽に傘持参で出かけました。(ホントにどれだけ花火フリークなんでしょう!)

夕方6時半頃着くと、5時頃から降り始めた雨もいい具合に止みました。でもビニールシートの上はずぶ濡れ状態でまずは雑巾がけをし、その上にもう一枚シートをかけて座りました。今回は6人メンバーが集まり、さあ花火の前に宴会。

食べ終わる頃はすっかりあたりも暗くなり花火のムードが盛り上がります。今年は何とアナウンスがグレードアップしました。柏崎のようにユーモアたっぷりのアナウンスというわけではなかったけど、かわいらしくてはっきりした私の大好きな「笑いを含む声」、どうやらプロのようです。(私の推測)

毎年同じようなことを書いていますが、三条花火はやはり近い。「遠くの三尺玉より近くの尺玉」と言うのが私の口癖になっていますが、打ち上げ場所が近く至近距離で見られる花火は迫力があります。打ち上げ数は8000発。頭上一面を覆うように広がります。

今年は新潟の英語サークルの友達とその御主人が雨にもめげずはるばる新潟から来てくれたのですが、迫力の花火に満足してもらえた様子です。何しろ今日は長岡の花火もある日なのにあえてこの雨の中を三条なのです。そして私は自分が上げてる花火ではないのに何となく誇らしい気持ちになるのです。最後の最後にまた雨が降り始めましたが、雨合羽に傘をさし、ナイアガラと最後の花火まで全部見ました。

写真は持ち寄った食べ物の数々。右側にある海苔巻きは私の作。かんぴょう、しいたけ、卵、紅しょうがなどが中に入っています。昔母がよく作ってくれていました。花火の写真はなかなか上手く取れず今回はあきらめました。私の目の奥に宝石箱のような花火、大輪のように広がる花火、ブーケのようなかわいらしい花火、すべてしっかり焼き付けて大満足で帰路に着きました。

2009年8月 1日 (土)

止まってはいかがですか?

先週のNHKラジオ「実践ビジネス英語」では "Hazardous Driving" (危険運転)がテーマでした。その中でこういう発言がありました。

"Too many drivers think traffic ordinances are just guidelines, ......."
「交通法規を、ただのガイドラインくらいにしか考えていないドライバーが多すぎます・・・・・」

このテキストはアメリカが舞台ですが、これで思い出したのが、台湾の南にある「高尾」というところに行った時のこと。車は赤信号でも止まらないということを知りました。そこに住んでいる私の友人のアメリカ人は自転車に乗っていて後ろから車にぶつけられたことがあるとのこと。そのアメリカ人の友達曰く、"They think the red light is a mere suggestion. Why don't you stop?"
(彼らは赤信号はただの提案だくらいに思っている。止まってはいかがですか?って。)

そういうわけで高尾滞在中、道を歩く時は結構身の危険を感じました。でも高尾だけではなくアジアは全体にそんな傾向だとも聞いています。

また赤信号では止まるというのは日本では当たり前のことで、夜全く交通量のない信号でもほとんどのドライバーは律儀に止まって青に変わるのを待ちます。私もそうです。もう10年以上も前になりますが、それについてあるアメリカ人に聞いたところ、自分たちなら止まらないと言いました。自己の判断と責任で臨機応変に行動するのだそうで、誰も通らない信号で待っているのはばかげていると思うようです。国民性の違いですね。

ただ物事に対する意識は時代とともに変わるものです。たとえば飲酒運転に対する人々の意識は数年前とは格段の差があります。罰則が厳しくなったことが主な理由かもしれませんが、アルコールを飲んで運転することがいかに危険かに人々が気づき始めたということだと思います。

機会があれば、夜の信号についてどんな風に思うか再び聞いてみたいものです。

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