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2009年10月31日 (土)

"The House that Jack Built"

私の気に入っているマザーグースの一つです。大昔にカセットテープつきのマザーグースの本を買いました。その時の"The House that Jack Built"は全く単調に普通の文を読むような調子で朗読されていました。

なんかつまらない読み方だなあと思ってましたが、後に知り合いになったニュージーランドの方に、子供の頃どうやって遊んでいたかを聞いてみる機会がありました。彼は「こんな風にやるんだ」と身体を左右にゆすりながらとてもリズミカルに楽しく歌って(?)くれました。実際メロディーはないのですが、英語の流れるようなリズムは音楽そのものなのです。それ以来、このマザーグースは私もその読み方で身体をゆすりながらやってます。

最近、教室でも教えようと思い、ネットで探してみたらまさにそのリズムとイントネーションでやっている動画を発見しました。

このビデオでは43秒位の位置から最後まで、"I am Jack."から始まっています。オリジナルと少し異なるところがあり、実際はこれよりもっと長いのですが、教室でやるには充分以上で、特に1年生の生徒さんたちは「これ、楽しい!」と言ってノリノリでやってくれています。2,3段落やると、後半が繰り返しになっているのがわかってきて上手にできるようになるのです。始めたばかりなのにもう三分の一くらい覚えてしまいました。すごい!!

関係代名詞でどんどん文を積み重ねていくので、文法的には中学3年生以上の内容です。でもとても調子が良いので誰でも楽しんでできると思います。

私の知っているオリジナルには最初と最後の"I am Jack."の部分はなかったですが、入れると調子も良いし、さらに楽しくなります。

英語のリズムやイントネーションを学べるのは勿論、文化的背景を知ることで英語の理解が深まります。


(ビデオでは "kill" は "chase" になっていました。"kill"じゃこわいから変えたんでしょうか。)

The House that Jack Built
(I am Jack.)
(And) This is the house that Jack built.

This is the malt
That lay in the house that Jack built.

This is the rat
That ate the malt
That lay in the house that Jack built.

This is the cat,
That killed (chased) the rat,
That ate the malt
That lay in the house that Jack built.

This is the dog,
That worried the cat,
That killed (chased) the rat,
That ate the malt
That lay in the house that Jack built.

This is the cow with the crumpled horn,
That tossed the dog,
That worried the cat,
That killed (chased) the rat,
That ate the malt
That lay in the house that Jack built.

This is the maiden all forlorn,
That milked the cow with the crumpled horn,
That tossed the dog,
That worried the cat,
That killed (chased) the rat,
That ate the malt
That lay in the house that Jack built.

This is the man all tattered and torn,
That kissed the maiden all forlorn,
That milked the cow with the crumpled horn,
That tossed the dog,
That worried the cat,
That killed (chased) the rat,
That ate the malt
That lay in the house that Jack built.

This is the priest all shaven and shorn,
That married the man all tattered and torn,
That kissed the maiden all forlorn,
That milked the cow with the crumpled horn,
That tossed the dog,
That worried the cat,
That killed (chased) the rat,
That ate the malt
That lay in the house that Jack built.

(I am Jack.
And this is the house that Jack built.

This is the house that Jack built.)

2009年10月25日 (日)

"The Memory Keeper's Daughter"その2

作者がこの本の後書きに書いているのですが、この作品は教会の牧師から聞いた話がヒントとなって書かれたものです。

しかし、作者は牧師から話を聞いてもすぐには書き始められなかったそうです。何年も経って初めて第1章がふいに湧き上がりました。第1章を書き終えた時、これらの人たちがどうなっていくのか、何が起こるのかを知りたいという気持ちが強くなり、それがわかるまで書くのを止められなかったのだそうです。作者は天の声を聞いていたのでしょうか。

物語の後半部分で、デビッドは何年もの間戻ることのなかった自分の生家に戻り、そこでローズマリーと言う女性に遭遇します。彼女は "scherenschnitte"と言う美しく繊細なスイスの切り絵細工で家の中をいっぱいにしていました。一枚の紙から巧みにさまざまなシーンを作り出していく。デビッドがどこからアイディアが生まれるのかと聞くのに対し、ローズマリーは
"It's in the paper. I don't invent them so much as find them." と答えている。
つまり作品はすでに紙の中にあり彼女はそれを発見するだけだと言うのです。下絵も構想も何もなしで、いきなり切り始めるのです。

この"The Memory Keeper's Daughter"と言う小説も同じようにして生まれたのでしょう。真の芸術というのは文学であれ音楽であれ絵画であれ何であれ、そういうものなのかも知れません。そう言えば優れた仏師は木の中に仏が見え、仏が出してくれと言うのを堀り出すだけだと聞きました。そこに神の存在を感じずにはいられません。(多くの日本人と同様に信仰心はあまりないのですが、真の芸術に触れる時など時として神の存在を感じずにいられない瞬間があるのです。)

芸術は神からのメッセージではないかと思うことがよくあります。天才という媒体を借りて自らの存在を知らしめているのではないかと思うのです。芸術に対し、畏敬の念を禁じえません。

2009年10月24日 (土)

"The Memory Keeper's Daughter"その1

Memory_2

"The Memory Keeper's Daughter" by Kim Edwards
出版社 Penguin
401ページ

この本は二年ほど前に一度読んでいます。ちょうどペーパーバックになったばかりで、それを機にアメリカで大ヒットした作品としてラジオ英会話のテキストの後ろで紹介されていたのを見て読みました。

前回読んだ時は、早く先を読みたくて筋を追うような読み方だったので、今度はゆっくり味わいながら読みたいと思いました。ストーリーもおもしろいのですが、文学の香り高い作品です。言葉が美しく響き、音楽を聴くようです。あらすじは次のようなものです。

1964年3月、ある吹雪の夜だった。初めての子供の誕生を心待ちにする整形外科医のDavid とその妻ノラ。予定日よりはるかに早いこの吹雪の夜に、突然妻の陣痛が始まります。雪のため産科医は来れなくなり、デビッド は看護婦のキャロラインと二人で赤ん坊を取り上げることになる。

ノラは無事に男の子を出産した。しかし、思いがけないことに、その後続けて女の子が生まれたが、一目でダウン症とわかる症状を呈していた。とっさの判断でDavid はキャロラインにその女の子を渡し、施設に連れて行くようにと頼む。そして妻には二人目の子供は死産であったと告げる。

それはディビッドが愛する妻を守ろうとしてとっさに下した判断だった。しかしこの一瞬の判断はその後のすべてを永久に変えてしまうものだった。

彼の判断の背景にあったものは、12歳でこの世を去った先天性心臓病の妹と、彼の貧しい生い立ちだった。貧しさゆえに彼らの生活は悲惨なものであり、彼の母親は妹の死後も悲しみから立ち直ることができなかった。だから、彼はどんな代償を払ってもノラを守りたかったのだ。

家を出る時、ノラは「この家に帰ってくる時は、赤ちゃんといっしょね。私たちの世界は今までとは決して同じでなくなるわね。」と言うのだけど、それがまさしく未来を暗示していたようです。

原文はこれです。この言葉が何度か繰り返し使われています。"Our world will never be the same."象徴的な言葉です。

キャロラインは密かにデビッドに思いを寄せていた。施設に入れると彼が言ったことにショックを受けたが、言われた施設に連れて行く。しかし置いてくることができず、そのまま連れて帰り自分の子として育てる決心をし、この町を去る。この時から二つの家族は全く別の場所で、別々の人生を送ることになるのだった。

デビッドは妻や息子を失うことを恐れて生涯、彼らに真実を告げることができなかった。最終章は1989年9月1日。この小説の中で、25年の歳月が流れていきます。

この重すぎる秘密は日々家族の中に根を下ろし、やがてデビッドとノラ、そして息子ポールとの間を隔てる大きな壁となってしまう。ノラとポールを苦しみから守ろうとしてやったことが、もっと多くの苦しみを生み出すことになってしまったのだ。

タイトルとなっているメモリーキーパーというのはカメラのことです。直訳すれば「記憶を保つもの」。結婚記念日にノラがデビッドに贈ったものだったが、彼はやがて取り憑かれたように写真を撮るようになります。一瞬をその場に捉え永遠のものにしようとするかのように、過去を、時の流れを止めようするかのように撮り続けるのだった。

ダウン症の子供を育てることはあらゆる意味で戦いを意味します。長くは生きられないというデビッドの診断を裏切り、娘フィービーは生き延びた。純真でくったくのない愛にあふれた女の子に成長します。苦悩と同時に愛と喜びをキャロラインに与えてくれるのです。果たして生きる価値のある人生とは何を意味するのでしょう。

ダウン症の彼女にとっては世の中は不公平な場所だ。しかし思い煩うことをせず、この世は「どんなことだって起こりうる」素晴らしくもあり独特の場所だとして、すべてをそのままに受け入れている。

デビッドの死後、ついに真実がわかり、怒りと苦悩の末ノラの出した結論は、現実をそのまま受け入れることだった。彼を許す。少なくとも許そうとする。そして「私たちには選択肢がある。恨みを抱き憎み、怒りを抱いたままで生きるか、それとも気持ちを切り替え先に進むかだ。」と言う。

原文ではこうなっています。

"But you and I and Phebe, we have a choice. To be bitter and angry, or to try to move on. It's the hardest thing for me, letting go of all that righteous anger. I'm still struggling. But that's what I want to do."

強いメッセージが伝わってきます。

1960年代は今とは事情がずいぶんと違っていたとは思いますが、ダウン症に対する偏見は今もまだ根強くあるのではないかと思います。ダウン症は英語では "Down Syndrome" ですが、最初にデビッドが娘を見た時に使われた言葉は "Mongoloid" でした。辞書によれば1番目の意味は「モンゴル人種」で2番目の意味が「ダウン症患者」です。この言葉が使われたのは最初の1回だけだったと思うのですが、驚きました。多分今は差別語として使われなくなっているのではないかと思います。

この小説は作者が教会の牧師から聞いた実話をヒントに書いたものだそうです。今聞けばショッキングな話ですが、時代は1964年であり、ダウン症の子供を施設に入れると言うのは当時は普通に行なわれていることだったのです。これに似たような話は私も聞いたことがあります。

ストーリーのおもしろさにぐいぐいひきつけられます。400ページ余りの作品で、英語が易しいというわけにはいきませんが、すばらしい文学作品です。日本語の翻訳版もすでに出ています。

2009年10月21日 (水)

胃カメラ

1ヶ月近く、胃の調子が悪く、ついに胃カメラ検査をするハメになりました。

実は胃カメラは何年も昔に経験しています。その時は、先生も怖かったし、多分下手だったのか、それとも私が下手だったのでしょうか。それとも相性が合わなかったのかも知れません。とにかく散々な目にあい、「もう何があっても一生やるものか」と固く心に誓っていました。その体験が長い間トラウマになっていたのですが、今回どうしてもやらざるを得ない状態です。

私のように恐怖心が強い人は麻酔で軽く眠っていてもらうことができると言われました。私の先生のお話だと、意識朦朧とする程度だということですが、そんな選択肢があるならそれに越したことはありません。10年前にはそんな選択肢はありませんでした。

そして、当日(昨日ですが)いざ麻酔の注射を打ちました。看護婦さんが「どうですか?ちょっと朦朧としてきましたか?」と聞いてきました。私は「いえ、パッチリ目があいていて、はっきり目覚めています!!」と全然麻酔が効いてないことをしっかり伝えるために、はきはきと答えました。

そして、その直後に「michikoさん」と看護婦さんから名前を呼ばれました。私は「はい」と力なく答えましたが、その時には、な、な、なんと胃カメラ検査は終了していたのです!!

つまり「はっきり目覚めています!!」と宣言した直後にコテッと寝てしまったらしいです。その後の様子を思い出そうにも記憶が全くありません。名前を呼ばれて目が覚めたのです。でも名前が呼ばれた時はまだ終わっているとは気づかず、「これから始まるのかしら?」などとぼんやり考えていました。

その後1時間~2時間の間、そのまま休み、もうすっかり安心してその間ぐっすり眠ってしまったようです。

家の近くにあるこのクリニックが私のかかりつけになってから久しいですが、私の中でますます信頼度がアップしました。先生、これからもよろしくお願いいたしますm(._.)m.

後で冷静になって考えると、胃カメラ検査されて、喜んでる場合でもないですね。昨日のブログに書いたとおり本当に明日はどうなってるかわかりません。

2009年10月20日 (火)

高橋真梨子コンサート

先週土曜の夜、高橋真梨子のコンサートに行ってきました。毎年新潟でコンサートを開いているのは知っていましたが、行くのはこれが初めてでした。

高橋真梨子と言えば、私達世代にとっては大変懐かしい。ペドロ&カプリシャスの「五番街のマリーへ」や「ジョニィへの伝言」の頃から今日まで、何と36年もの年月が過ぎたのだそうです。会場は新潟県民会館大ホールでしたが、チケットもなかなか入手が困難なほどに今も変わらぬ人気を保っています。

50代も後半に入っているのではないかと思うけど、今も衰えることのない歌声と声量、歌唱力に感動しました。ステージの演出も洗練されていてトークも楽しく、盛り上がりました。彼女のトークは穏やかで自然体です。見た目も美しく、年齢を超越した「素敵な大人の女性」だと思いました。

私は知らなかったのですが、彼女のご主人はヘンリー広瀬さんと言い、ヘンリーバンドを組んで彼女のバックバンドをやっています。同時に彼女のプロデューサーでもあるそうで、何とすばらしい二人三脚なのでしょう!ご夫婦の仲の良さがステージからも伝わってきました。

中間部で彼女が衣装変えの間、ヘンリーバンドが行なう余興「ヘンリーバンドプレイ」なるものも初めて見ましたが、相当の練習量を積んだものなのでしょう。バンドメンバーの息の合った余興は楽しく見ごたえがありました。恒例となっている余興だそうですが、年々メンバーは年を取っていくのに、それに反比例してやることはどんどん過激になっているのだとか。とても楽しく、笑いもあり、盛り上がりました。

バンドのメンバーもいっしょに年をとり、一番若い人で41歳(この方は比較的新しいメンバーと思われます)、最高齢のヘンリーさんは60ン歳。そして観客の平均年齢も50~60歳くらいではなかったかと推測します。ここに集った人たちみんなが同じ時代を共有し、いっしょに年を取ってきたのだとしみじみ思いました。

女性ファンが多いかと思っていたのですが、意外に男の人もたくさんいたし、カップルも多かった。私たちの後ろにいたのは男二人連れだった。後ろから「俺、この曲好きなんだよなあ」とか話す声が聞こえてくる。

高橋真梨子は「この年になると明日のことはわかりません。今日を精一杯生きる。明日になったら明日のことを考える」と言ってましたが、それはまさに私が日々感じていて、よく口にする言葉でもあります。私の場合は、そんなカッコ良いものではなく、むしろ「今日のことで精一杯」というのが本当のところなんですけど・・・

明日のことはわからないという感覚は50歳を越えた頃から強く感じるようになりました。若い頃にはピンと来ない感覚だと思います。だから今できることは今やっておきたいという思いが強くなる。ここに集った人たちは皆同じ思いを抱いていたのではないかと思います。

たっぷり2時間余のコンサートを満喫した後、他のメンバーを居酒屋の前まで送り届け、私は一人新潟から三条まで帰ることになりました。コンサートの後に「良かったよね~」などと感想を話し合ったりして感動を共有しあうのも楽しみの一つなのですが、私は残念ながら事情があって飲み会はパスせざるを得ませんでした(ρ_;)

車の中でCDを流しながら、一人コンサートの余韻に浸りつつ帰路につきました。

2009年10月11日 (日)

こんなに笑える英会話があったのか??

私の聴いているNHKラジオ講座の一つに「ラジオ英会話」があります。ずばり、「こんな笑える英会話があったのか??」をキャッチフレーズにしたい(「のだめカンタービレの帯に「こんな笑えるクラシック音楽があったのか??」と書いてあったので勝手にパクりました(゚ー゚;)。

講師の遠山顕(遠山の金さんじゃないですよ、遠山のさん)先生が初めてNHKのラジオ講座に登場したのは数年前ですが、かなり衝撃的でした。そのとき以来私は彼の講座の「追っかけ」をやってます。15分の放送の間に必ず噴出す場面が一つや二つや三つや四つはある。

パートナーのネイティブスピーカーの二人も遠山先生に負けてはいません。ある時は魔法使いのおばあさん、ある時は小さな女の子、ある時はティーンエイジャー、ある時は宇宙人・・・臨機応変に声を使い分けます。限りなき才能に脱帽です。この三人の掛け合いが実におもしろく、15分間絶対飽きさせません。

昨日夕飯の支度をしながら9月23日の放送を聞いていました。(なぜこんなに後になって聴いたのかと言うと、ずばり毎日聞いていないからです。トークマスターで勝手にどんどん録音されていくので他のを消化するのに時間がかかり、ここまで到達するのに時間がかかったのです。)

おかしくて噴出してしまった部分を、紹介します。日本語の解説も後でつけます。

場面は学生食堂で上級生のジェイドゥン(J)が列に並んでいるエミリー(E)に話しかけ、お昼をご馳走しよう」というところ。普通に会話を勉強した後に、another situation というコーナーがあって、同じダイアログの場面を変えてアドリブします。今回は二人ともヴァンパイアであるという設定でした。

J: Eliza, you are looking very thirsty today
E: Jayden,thank you. Nice to see you again.
J: Oh, better not touch that stuff.  
E: Hee, this blood red tomato juice with honey and lemon in it?
J: Yeah. We call it mystery drink. That stubs our thirst, you know.
(That....our thirst,you know. の...の部分は聞き取れていません。)
E: Hee! Thanks for warning me
J: That's all right. So how are you faring these days?
E: Fair to middling.
J: Ha, in that case, let me buy you lunch.
E: Really? Thanks.
J: Steak?
E: Uh-huh.
J: How do you like it?
E: Rare!
J: Oh, ha,ha,ha, well done.
J&E: Ha,ha,ha,ha,ha.....(不気味な笑い)

*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*

テキスト掲載のオリジナルの会話はどこかに吹っ飛んでしまい、すっかりバンパイアになりきり暴走しまくる二人。発音はポーランドかどこか東欧辺りの国の訛りなのか、巻き舌もすごい。

と、ここででダイアログは終わり遠山顕先生と二人の掛け合いが始まります。

ジェフ:  In Japnese we would say "なかなかのステーキな会話ですね"
遠山顕: うまいじゃないですか
ジェフ:  はははは 、うははは
遠山顕: いやーおもしろかったなあ
ジェフ:  Yeah. No, no, no. I think in English we would say that joke is midium-well done.
遠山顕: また出ましたね。Well, how do you like that joke, Katie?
ケイティ: Well, I rarely hear him joke."

*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*

途中でジョークの解説ほどおもしろくないものはないと気づいたものの、ここまで書いた苦労を考えてアップすることにします。

では日本語バージョンです。

「イライザ、すごくのどが渇いてるようだね。」 (注:本文はエミリーなのがここで急にイライザに変わっていて、「今日はとても素敵だね」というのがこのように変わっている。)

「ジェイドゥン!また会えてうれしいです。」

「あ、それには手を出さない方が良いですよ。」

「ヒィー、この蜂蜜とレモン入りの血のように赤いトマトジュースのこと?」

「うん、我々は謎の飲み物と呼んでいる。」(注:この後の部分強い巻き舌などがあり聞き取り不能)

「ヒィー!警告してくれてありがとう。」

「いいよ。で、最近はどう?」

「まあまあというところです」

「じゃあ、お昼をご馳走しよう」

「ほんとに?ありがとう。」

「ステーキにする?」

「うん。」

「どう?」(食べながら)

「すばらしい。」
(rare でステーキのレアと「すばらしいとか」「まれな」と言う語をかけている)

「おお、ははは、よくできました。
(well-done でステーキの「ウェルダン」とうまい冗談に対して「よくできた」をかけている)」

*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*

遠山顕とジェフさんケイティさんの掛け合い

「日本語だったら "なかなかのステーキな会話ですね"って言うね。」

「うまいじゃないですか」

「はははは 、うははは」

「いやーおもしろかったなあ」

「いや、いや。こんなジョークは我々はミディアムウエルダンと呼ぶと思いますよ。」
(注:ジョークのできばえをまあまあと言う意味でmedium well doneとかけた。)

「また出ましたね。ねえ、ケイティ、あのジョークはどうだった?」

「そうね、私、めったに彼がジョークを言うのを聞かないわね。」
(注:生焼けの "rare" とめったに ないという意味の"rare "をかけている。)

*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*:.。.:*

今回のこの部分はバンパイアの二人の暴走に爆笑しましたが、いつも遠山先生のポツッとつぶやくようなさりげないジョークで笑いっぱなしです。こんなに笑える英語番組はないから聞いてごらんとよく生徒さんたちに言っていましたが、ある生徒さんの感想は「どこがおもしろいのかわからなかった。」

英語でのフリートークでのジョーク部分が一番おもしろいので、英語が聞き取れないと実は全然おもしろくなかったのですね。レベル一覧によれば「ラジオ英会話」はレベル1からレベル5までのうちレベル4になっています。笑えるまでにはある程度修行がいるのかも知れないですね。

2009年10月10日 (土)

英語弁論大会

昨日は「高円宮杯中学校英語弁論大会」の県予選会に行ってきました。私の生徒さんの一人であるYちゃんがエントリーしていたからです。33人の中学生が新潟市万代市民会館のステージで競いました。午後12時半から4時半までの4時間もの長丁場でした。

私の中ではYちゃんが誰よりも良い出来だと思ったのですが、残念ながら入賞(上位3人が入賞)は果たせませんでした。しかし大変な接戦であり、最後の最後まで審査員たちが迷ったという生徒として彼女の名前が発表されました。何もないよりそれだけでも良かったかなあとは思いますが、全国大会を狙えると思っていたので残念で思いがけない結果でした。何を隠そう、絶対入賞すると思っていたので、表彰式の前にはカメラの準備までしていたのを、すごすごとバックに戻しました(。>0<。)

5分休憩が2回入るものの、4時間もの間、次々とスピーチを聞き続けるのは体力も必要です。最後の30分から1時間くらいは頭がぼぉーっとして夢を見ているような気分になりました。「ムムッこれは強力なライバルだ」と思ったスピーチに私は☆印をつけ、内容・発音・全体の流れなどに対する感想をメモしながら聞いていたのですが、最初に☆印をつけたスピーチと後から☆印をつけたスピーチを比較してみたくても2時間・3時間・4時間前に終わったものは比較できない。いくらメモをとっておいても、もう一度聞いて比較しないと難しいのです。この長丁場は実際無理なのではないかと感じました。せめて予選でもう少し人数を減らし半分くらいにして、時間も半分くらいでやってもらえたらいいのにと思います。

2回目の5分休憩の時、トイレに行きました。そこには天井から床まで張った鏡がありました。左手が出口、右手が鏡になっていたのですが、頭も大分ぼぉーとしていたのでしょうね、出口に行くつもりで右に曲がり・・・と言っても右は鏡なので鏡にモロぶつかった私。ちょっと、いや大分恥ずかしかった。

でもよくがんばりました。ネイティブのようなキレイな発音と自然な話し方、何より楽しんでスピーチをしているのがわかる。私の中ではやっぱりYちゃんが優勝です!!さあ来年はリベンジだ!!

2009年10月 8日 (木)

Use it or lose it.

昨日欲しいものがあって百円均一に行って来ました。レジで清算しようとして、ふと目に留まったのが「えんぴつで書く百人一首」。和歌の世界で、日本の伝統と美意識に触れ、えんぴつ書きで「脳力」アップといった趣旨のことが書いてある。

実は百人一首は何度も挑戦してそのたび途中で玉砕というのを繰り返しています。高校時代古典が好きだったのでがんばって覚えた歌も結構あるし、すごく気に入っている歌もいっぱいあります。百人一首のポッドキャスト番組も配信してもらっていました。おまけに「ちはやぶる」という百人一首をテーマにしたマンガがヒット中です。(おもしろいです!何かの賞を取ったらしく最近テレビでも紹介されたらしいですよ。)そんなわけで再びチャレンジのチャンスと思い買いました。

そして今日早速やってみました。

一首目の「秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ」をえんぴつでなぞってみました。Bか2Bのやわらかいえんぴつを使うようにと書いてありましたが、なかったのでHBのえんぴつでやったところ、たった2行なのに手のひらが疲れてだるくなってしまいました。小指と薬指の下あたりです。3つ目の和歌までなぞり書きをしましたが、何だか明日は手のひらが筋肉痛の予感??やっぱり2Bを買ってこよう(゚ー゚;

普段キーボードを打つばかりであまりまともに字を書くことがありません。手で書く場合でもたいていボールペンです。ボールペンの方が力を入れないで書けるんでしょうね。ラジオ体操で筋肉痛どころではありません。百人一首で手のひら筋肉痛だなんて・・・ちなみにラジオ体操は今でも身体がぼりぼり言ってます。こんなんで良いんでしょうか?初っ端の「チャンチャンチャンチャンdownチャンチャンチャンチャンdown」のところです。

"Use it or lose it." 「使わなければだめになってしまう」ですね。神様は実に巧妙に人の身体を創られたのですね。

2009年10月 7日 (水)

プルーンジャム

Jam 

プルーンを大量にいただきました。下さったSさんの庭にはありとあらゆる実のなる木があり、その時々で採れたものを持ってきてくれます。ご主人はその庭を「我が家のジャングル」と呼んでいるそうです。

あんまりたくさんで食べきれず、ジャムにしてみました。生で食べるよりずっとおいしいです。

驚いたことにこんなに真っ赤になりました。左は市販のイチゴジャム。右が自家製プルーンジャム。実際に見るとプルーンジャムの方がイチゴジャムより赤い。入れたのは砂糖とレモン汁をホンの少しだけ。

「ジャムにしたら真っ赤になりました」とその方に言ったら、「えっ?」とびっくりされました。何しろプルーンは大粒の巨砲のような感じで黒に近い紫色で実は黄色っぽい。彼女もジャムにしたことはあるそうですが、見てもらったら全く別物だと絶句していました。どうやら私は皮をいっしょに入れたからだとわかりました。皮を入れないと茶色っぽいジャムになるそうです。皮に含まれている物質が砂糖と化学反応を起こしたのでしょうね。不思議なことが起こるんですね。

誰に見せても「イチゴジャム?」と聞かれます。味はイチゴジャムより酸味が強いと思います。

そう言えばずっと昔、ルバーブという蕗みたいな植物をもらい、ジャムにした時も同じように真っ赤になって感激したことを思い出しました。ルバーブは外国から日本に入ってきたもので、野菜に分類されるみたいです。おばさんが軽井沢でペンションをやっているという方が軽井沢から持ってきてくれました。それっきりルバーブにはお目にかかっていません。「赤毛のアン」のシリーズでルバーブゼリーが出てきたらしいですが、残念ながら私は覚えていません。軽井沢では今も栽培されてるようですが、私にとっては今は幻のジャムとなっています。

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