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2010年4月24日 (土)

アリス・イン・ワンダーランド(映画)

今話題のティム・バートン監督による3D作品「アリス・イン・ワンダーランド」です。

3Dのスクリーンで見るワンダー・ランドはまさにおとぎの国、夢の国そのもので、その美しさ不思議さに胸がワクワク、ドキドキしました。3D技術のすばらしさは言葉では表せません。

この作品はルイス・キャロルの "Alice's Adventure in Wonderland"(不思議の国のアリス)とその続編の "Through the Looking-Glass" (鏡の国のアリス)の二つの物語を下敷きにし、19歳になったアリスが再び不思議の国を訪れるというものです。

"Alice's Adventure in Wonderland"では、6歳のアリスが白うさぎを追いかけてうさぎ穴に落っこち、不思議な国で何とも不思議な体験をします。脈絡がなくはちゃめちゃな世界で、何もかもがでたらめであり、不思議で楽しい、そして少しも教訓的ではないのです。子供の頃、私はそのはちゃめちゃ具合、理不尽さにすっかりとりこになったのだと思います。物語の最後にアリスはお姉さんに優しく起こされて夢から覚め、同時に私も夢から覚めたのでした。

この映画の中ではあの出来事は夢ではなく「過去の記憶」だったのだそうです。そしてワンダーランドは実は正しくは「アンダーランド」であり、地中に実際に存在しているのです。不思議の国ワンダー・ランドはアリスの「原風景」のようなものだったのです。私にはスクリーン上の風景が懐かしいような、アリスの記憶と自分の記憶が重なるような不思議な気持ちになりました。

ただこの作品では最後がかわいそうでちょっぴり胸が痛みました。

19歳のアリスが再度訪れたアンダー・ランドは醜く残酷な「赤の女王」に支配されていました。救世主アリスの登場により「赤の女王」は倒されます。最後には美しくて慈悲深い「白の女王」に「一人で誰からも愛されずに一生をすごしなさい」と追放されます。たった一人の愛する人にも裏切られた赤の女王。彼女にはたった一人だけでいい、本当に愛してくれる人が必要だったのではないでしょうか!!

しかしこれもまたアリスが見た一瞬の夢だったのでしょう。"Off with her head!""Off with his head!"「その者の首をちょん切れ!」と叫ぶ女王の声が今もどこかから聞こえてくる気がします。(時間の都合で吹き替えで見たので実は英語では見てないんですけどね(゚ー゚;)

2010年4月 6日 (火)

"Rebeca"(Penguin Readers )

"Rebeca" by Daphne Du Maurier
Retold by A.S.M.Ronaldson
105ページ 30,000語

最初日本語の文庫版を借りて、上巻下巻からなるこの作品のほんの最初の部分だけ読んで挫折していた「レベッカ」を今回英語のリトールド版で読みました。

物語は語り手の「私」の追憶から始まり、書き出しの一文は次の通りです。

"Last night I dreamed I went to Manderley again." 「昨夜またマンダレーに行った夢をみた。」

この最初の一文で読者はたちまち不思議な世界に引き込まれるのです。

天涯孤独の「私」はある婦人の付き添いでモンテカルロに行く。そこで、Maxim de Winter(マキシム・デ・ウインター)と言う年上の紳士と知り合いたちまち恋に落ちる。マキシムはマンダレーという美しくて有名な大邸宅の持ち主であり、前妻のレベッカが亡くなってからマンダレーを離れ、放浪の旅をしていたが、「私」と結婚してマンダレーに戻る。

まさしく身分を越えた「超玉の輿結婚」とも言うべきものでしょう。しかし希望に胸をときめかせ大邸宅マンダレーに来た瞬間から「私」の苦悩が始まるのです。

使用人でありレベッカの友人でもあったダンバー夫人はなぜか「私」に敵意、嫌悪、侮蔑をあらわにする。ダンバー夫人のみならず、マンダレーのすべての人たちが自分とレベッカを比較しているのではないかと「私」は感じるのだ。レベッカは何しろ美しく教養があり完璧だったのだ。一方「私」は平凡で、これまでとは全く違った生活の中でおどおどするのみだった。

ある日「私」は使用人の一人フランクに軽い調子で(聞こえるようにして)、「教えて、レベッカはとても美しかったの?」と聞くと、彼は次のように答えた。

"Yes, I suppose she was the most beaufiful creature I ever saw in my life."

レベッカは「私」にはない女性として最も意味を持つすべてのもの、つまり自信、美しさ、賢さのすべてを備えていたのだと言うことを日々思わずにはいられないのだった。

そしてある日、偶然見つけたレベッカの部屋。その部屋に足を踏み入れた瞬間「私」は凍りつく。このお屋敷の中で最も美しいであろう部屋。その部屋はまるで今もレベッカがここで暮らしているかのように整えられているのだ。靴もきちんとそろえられ、化粧台の上にブラシやくしがそのまま置かれ、今にもレベッカが戻ってきてここに座り髪をとかすのではないかという気配。ベッドのシーツの上にはナイトドレスが置いてあり女性のかすかな芳香までがする。時計もレベッカが亡くなってから1年間、今も変わらず時を刻み続けているのだ。

この場面には背筋がぞくぞくしました。

非常によくできたサスペンスで読み出したらページを繰る手ももどかしいくらい、最後まで一気に読ませます。最後にすべての真相がわかってから読み返すと、すべてが符合するのですが、真相が明らかになってからもまた思いがけない事実が浮かびあがり、エンディングもかなり迫力のあるものでした。

この本が書かれたのは1937年です。100年ほど前に書かれたものなのに今も人気は衰えない小説のようです。シンプルバージョンを読んだところでオリジナルも読んでみたいと思いペーパーバックを手に入れたので近いうちに読みたいと思います。410ページあります。やはり書き出しは同様に

"Last night I dreamt I went to Manderley again."でした。("dreamt" は "dreamed"に変わっていました。)
この一文が何故か強く印象に残ります。

2010年4月 1日 (木)

"David Copperfield" (Oxford Bookworms Library stage 6)

"David Copperfield"by Charles Dickens
Retold by Michael Dean
102ページ 29,000語

原書は1000ページにも及ぶような大作なので、今回リトールド版でチャールズ・ディケンズの世界が垣間見れたのは良かったと思います。

この本はディケンズが自分の作品の中で最も好きなものだと前書きに書いてあり、作者の体験が色濃く投影された作品のようです。

しかしどうにも納得できない部分もありました。まず主人公デヴィッド・コパーフィールドの母親です。再婚相手の夫は、しつけと称してまだ8歳のデヴィッド に暴力を振るったり、5日間も部屋に監禁したりするのですが、彼女はどうしてこんな男と再婚でき、しかも愛し続けることができたのでしょう。

息子のためにできるのは、ただ泣くことだけ。優しい母親ということになっているけど、美しいだけがとりえの愚かな女としか私には思えません。しかしこれには当時の英国の時代背景を考慮する必要があるのかもしれません。

デヴィッドは母親が再婚する前までは幸せな子供時代をすごしており、再婚前も後も同じ家に住み、ピゴティという使用人がずっといっしょに暮らしていたくらいだから、彼の家庭は少なくとも中流以上の階級に属していたようです。

不幸な子供時代にもかわらず、同時に彼を愛してくれる人々がいたお陰で、デヴィッドは純粋で人を疑うことを知らないまっすぐな心を持ったまま大人になります。彼の善良さは心を打つものがあるのですが、同時に私にはこれが不安材料でもありました。

やがて彼は美しいドラという女性に夢中になり、念願かなって結婚もできました。しかし、結婚とは現実的なものです。自分が結婚したのは、何も知らない子供のような相手であったという現実を知ることになるのです。そして次のように思うのです。

"I felt sorry tht I did not have a real partner in life, with whom to share these worries."

このように、苦労を分け合えるような真のパートナーと呼べる相手を選ばなかったことを後悔する場面があります。聡明で思慮深く彼をずっと愛し続ける美しい女性がずっとそばにいたのになぜ気づかなかったのでしょう。

読み終わった後も、母親とドラという二人の女性についてしばし考えていました。そして思ったのは、この時代のこの階級の女性たちは自分の頭で物を考えたり判断したり、実用的なことをするようには教育されていなかったのかもしれないということです。

むしろ美しく無邪気で子供のようだというのが当時の理想の女性像だったのかもしれません。社会的階級が高いほどそうだったとも考えられます。時代により、国により、社会的階級によっても価値観は変わるものであり、そういった背景の知識なしには本当の意味で何かを理解することはできないのだと思います。

物語もおもしろかったですが、いろいろ考えさせられた一冊でもありました。

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