書籍・雑誌

2007年12月 2日 (日)

「変身」

以前、読書家の方から頂いた本の中からカフカの「変身」を読んでみました。学生時代に一度読んで、全く意味不明だったんですが、今読んでもやっぱり意味不明です。

なぜ主人公はある日巨大な虫に変身していたのか。勝手に解釈しろということなんでしょうが、虫に変身した主人公が哀れにも朽ち果てていく過程は不条理で切ない。しかも父親に投げつけられたりんごが甲にめり込んでそれが原因でやがて死ぬなんてあまりに気の毒ではないか。そんなわけで、何だか悲しい話に最近ちょっぴり不幸な気分の私でした。

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2007年11月24日 (土)

「ジーキル博士とハイド氏」と「ビリー・ミリガン」

私のかつての英会話の生徒さんで大変な読書家の方がいるのですが、その方が一年ほど前にもう読まなくなったからと紙袋いっぱいの本を下さいました。その中の一冊が「ジーキル博士とハイド氏」でした。私が初めてこの本を読んだのは多分中学生の頃だったと思いますが、非常に興味深くもあり怖くもあり衝撃的でもあったということを覚えています。

「ジキルとハイド」と言えば二重人格の代名詞のように使われているので、誰でもある程度内容は知っていると思います。決して楽しい内容ではなく、むしろ気分が沈みそうな本なのでもらった本の中に混じっているのを見ても全然読む気はなかった。にも関わらず、先日チラッと冒頭を立ち読みしたところ(自宅で立ち読みと言うのも変ですが)あっという間に引き込まれ、いつの間にか完読していました。

人の心の中に存在する二つの顔。誰でも少なからず自分の中のジキルとハイドを感じているからこそ、この小説は恐ろしくまた興味深いのではないかと思います。

1886年に書かれたとありますが、時の試練を経ても読み継がれる名作だと思います。翻訳バージョンで読みましたが、原文とも比較してみたい気がします。原文自体がこのように古めかしく勿体ぶっているのか、または翻訳調の文体が一種独特の雰囲気をかもし出しているのか、日本語の文体にも独特の魅力がありました。

私としてはこの手の読み物は気分が滅入りそうで読みたくないと思う反面、抵抗しがたい魅力もあるようです。二重人格と言うと思い出すのは「24人のビリー・ミリガン」。三年ほど前に原文で426ページにも渡るペーパーバック "The minds of Billy Milligan" を読みました。実際に存在した多重人格者の記録です。その時の私のレビューには次のように書いてあります。

「これは実話で作者の Daniel Keys がビリー・ミリガンに何百回も面会を重ね、また多数の関係者と会い忠実に真実のみを記したものです。自分も含めて24人の人格が一人の人間の中に存在していて、一人一人の人格は性格も才能も知能指数も国籍や性別や年齢さえも違っている。1年ほど前だと思いますが、テレビでビリーを取り上げた番組を見たことがあり、異なる人格がスポットに現れ意識を持つ様子を映した実際のビデオを見ていて、なぜこういうことが起こるのか不思議でさらに興味を掻き立てられました。彼の場合子供のときに継父に虐待を受けたことで、もはや自分が自分でいたくなったということが大きなきっかけのようです。
 
これはかなりまれなケースだと思いますが、きっと人は誰でも自分の中に全く異なる自分、相反する要素や性格が存在するのではないかと思います。また、社会に適応していくため、自己防衛のために本来の自分ではない自分を作り上げていくものだと思います。
(中略) 
とにかく厚くて字が細かくて根性の要る本ですが、読むだけの価値はあります。常識では考えられないような話だけど、実話であるだけに迫力があり圧倒されます。人の心の不思議さ奥深さに驚嘆せずにはいられません。」

驚嘆というのは適切な言葉かどうかわかりませんが、圧倒されます。「ビリー・ミリガン」より「ジキルとハイド」の方が手軽に読め、楽しめるものになっています。読者を引き込ませるテクニックがあると思います。「ジキルとハイド」を読み終わった昨日の夜は、何だかこわい夢を見たようです。心理小説のジャンルに分けたいものですが、ホラー小説の類かも知れないですね。

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2007年8月31日 (金)

一人二役

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「次長課長」の河本准一著「一人二役」を読みました。子供時代から今に至るまでの彼と彼の「オカン」が二人で歩んできた人生が書かれています。

実は2日ほど前、「徹子の部屋」で河本さんがゲストに出ていた時にたまたま後半部分だけを見たのです。わずか30分足らずの間に河本さんの人柄にすっかり魅了され、そこでこの本の存在を知り、早速買ってきて一気に読んでしまいました。(私はすぐ感動するたちでもあります。)

彼は裕福な家庭に生まれ何不自由ない暮らしをしていたけれど、9歳の時に「オカン」が離婚。その後オカンが再婚した相手から家庭内暴力を受けます。命にかかわるほどの虐待を受け、その家からの「夜逃げ」ならぬ「昼逃げ」をすることに。「昼逃げ」決行の際には父親の連れ子であった小さな弟を置いていかなくてはならず、その光景を想像するだけで、私まで胸が痛くなりました。

オカンは女手ひとつで彼を育てるために母親と父親の一人二役をこなしてきました。パンチパーマで風貌も男と間違えられることもしばしば。まさに堂々たるおっさんぶり。何故かオカンはパンチパーマが好きらしい。

「徹子の部屋」で河本さんが言ってましたが、「かわいい、きれい」ではなく「かっこいい」というのが彼の母親に対して使いたい言葉であり、言ってもらいたい言葉なのだそうです。オカンの生き方はかっこいい。ことばで何かを教えるのではなく生きる姿勢を見せることで全部大切なことを息子に教えてきたのです。

私も人の親ではあるがこんな風には到底できません。それにしてもオカンも偉いが、子供も偉い。親がいかに背中で生き方を見せてもぐれる子供はぐれる、世をすねる子供はすねる。すねることもなく、うらむことなく、母とともに誇り高く生きてきた河本さんの人柄に惚れました。

全編を通じてにじみ出る彼の優しさとオカンに対する愛情に読んでいる私までやさしい気持ちになりました。オカンは自分の「連れ」だと言う。二人きりで生きてきた同士のような感覚なのかも知れない。

今でも一緒に風呂に入るというのにも驚きました。息子とお風呂!う~ん、絶対考えられません、私には!

三年前に温泉の家族風呂に入った時、彼はオカンを抱きかかえお湯の中につけたりあげたりして大はしゃぎしたそうで、奥さんがそれを見て大笑いしたというエピソードも書かれていました。当時仕事で一緒だったさんまさんはその話を聞き、散々彼をからかったあげくしみじみと「おまえ、ほんま、オカンが好きなんやなぁ~」と言ったそうです。二人は性別も母子の関係も飛び越えた特別な存在なのです。

さて私の買ったこの本はこれからいろんな人の所を旅することになると思います。読みやすいので誰でもすぐに読めるので勧めやすい本です。

ちなみに昨年「佐賀のがばいばあちゃん」を読んだ時のことです。いろんな人におもしろさを伝えたくて熱心に内容を説明し、エピソードをいくつか再現し、その結果何人もの人が私の買った「がばい」を読むことになりました。また待ちきれず自分で買った人もいました。

私は感動すると黙っていられずにすぐ人に吹聴したくなるのですが、ある人は「まるで映画の一シーンでも見ているようだった」と私の再現劇を評して言いました。作中の人物になりきって演じてしまうのです。

私の娘の夫や、息子のガールフレンド、それにガールフレンドのお母さんまでが読みました。娘の夫が本を読み終わった時に言った言葉は「しかし、ほとんどおかあさんから内容を聞いていたので、読む前から全部知ってる話ばかりでした」ですって。

「ネタを二、三個ばらしました」のレベルではなく、めぼしいところはほとんど網羅してたんですね。気をつけなくっちゃ。

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