8.日記

2009年10月21日 (水)

胃カメラ

1ヶ月近く、胃の調子が悪く、ついに胃カメラ検査をするハメになりました。

実は胃カメラは何年も昔に経験しています。その時は、先生も怖かったし、多分下手だったのか、それとも私が下手だったのでしょうか。それとも相性が合わなかったのかも知れません。とにかく散々な目にあい、「もう何があっても一生やるものか」と固く心に誓っていました。その体験が長い間トラウマになっていたのですが、今回どうしてもやらざるを得ない状態です。

私のように恐怖心が強い人は麻酔で軽く眠っていてもらうことができると言われました。私の先生のお話だと、意識朦朧とする程度だということですが、そんな選択肢があるならそれに越したことはありません。10年前にはそんな選択肢はありませんでした。

そして、当日(昨日ですが)いざ麻酔の注射を打ちました。看護婦さんが「どうですか?ちょっと朦朧としてきましたか?」と聞いてきました。私は「いえ、パッチリ目があいていて、はっきり目覚めています!!」と全然麻酔が効いてないことをしっかり伝えるために、はきはきと答えました。

そして、その直後に「michikoさん」と看護婦さんから名前を呼ばれました。私は「はい」と力なく答えましたが、その時には、な、な、なんと胃カメラ検査は終了していたのです!!

つまり「はっきり目覚めています!!」と宣言した直後にコテッと寝てしまったらしいです。その後の様子を思い出そうにも記憶が全くありません。名前を呼ばれて目が覚めたのです。でも名前が呼ばれた時はまだ終わっているとは気づかず、「これから始まるのかしら?」などとぼんやり考えていました。

その後1時間~2時間の間、そのまま休み、もうすっかり安心してその間ぐっすり眠ってしまったようです。

家の近くにあるこのクリニックが私のかかりつけになってから久しいですが、私の中でますます信頼度がアップしました。先生、これからもよろしくお願いいたしますm(._.)m.

後で冷静になって考えると、胃カメラ検査されて、喜んでる場合でもないですね。昨日のブログに書いたとおり本当に明日はどうなってるかわかりません。

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2009年10月20日 (火)

高橋真梨子コンサート

先週土曜の夜、高橋真梨子のコンサートに行ってきました。毎年新潟でコンサートを開いているのは知っていましたが、行くのはこれが初めてでした。

高橋真梨子と言えば、私達世代にとっては大変懐かしい。ペドロ&カプリシャスの「五番街のマリーへ」や「ジョニィへの伝言」の頃から今日まで、何と36年もの年月が過ぎたのだそうです。会場は新潟県民会館大ホールでしたが、チケットもなかなか入手が困難なほどに今も変わらぬ人気を保っています。

50代も後半に入っているのではないかと思うけど、今も衰えることのない歌声と声量、歌唱力に感動しました。ステージの演出も洗練されていてトークも楽しく、盛り上がりました。彼女のトークは穏やかで自然体です。見た目も美しく、年齢を超越した「素敵な大人の女性」だと思いました。

私は知らなかったのですが、彼女のご主人はヘンリー広瀬さんと言い、ヘンリーバンドを組んで彼女のバックバンドをやっています。同時に彼女のプロデューサーでもあるそうで、何とすばらしい二人三脚なのでしょう!ご夫婦の仲の良さがステージからも伝わってきました。

中間部で彼女が衣装変えの間、ヘンリーバンドが行なう余興「ヘンリーバンドプレイ」なるものも初めて見ましたが、相当の練習量を積んだものなのでしょう。バンドメンバーの息の合った余興は楽しく見ごたえがありました。恒例となっている余興だそうですが、年々メンバーは年を取っていくのに、それに反比例してやることはどんどん過激になっているのだとか。とても楽しく、笑いもあり、盛り上がりました。

バンドのメンバーもいっしょに年をとり、一番若い人で41歳(この方は比較的新しいメンバーと思われます)、最高齢のヘンリーさんは60ン歳。そして観客の平均年齢も50~60歳くらいではなかったかと推測します。ここに集った人たちみんなが同じ時代を共有し、いっしょに年を取ってきたのだとしみじみ思いました。

女性ファンが多いかと思っていたのですが、意外に男の人もたくさんいたし、カップルも多かった。私たちの後ろにいたのは男二人連れだった。後ろから「俺、この曲好きなんだよなあ」とか話す声が聞こえてくる。

高橋真梨子は「この年になると明日のことはわかりません。今日を精一杯生きる。明日になったら明日のことを考える」と言ってましたが、それはまさに私が日々感じていて、よく口にする言葉でもあります。私の場合は、そんなカッコ良いものではなく、むしろ「今日のことで精一杯」というのが本当のところなんですけど・・・

明日のことはわからないという感覚は50歳を越えた頃から強く感じるようになりました。若い頃にはピンと来ない感覚だと思います。だから今できることは今やっておきたいという思いが強くなる。ここに集った人たちは皆同じ思いを抱いていたのではないかと思います。

たっぷり2時間余のコンサートを満喫した後、他のメンバーを居酒屋の前まで送り届け、私は一人新潟から三条まで帰ることになりました。コンサートの後に「良かったよね~」などと感想を話し合ったりして感動を共有しあうのも楽しみの一つなのですが、私は残念ながら事情があって飲み会はパスせざるを得ませんでした(ρ_;)

車の中でCDを流しながら、一人コンサートの余韻に浸りつつ帰路につきました。

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2009年10月10日 (土)

英語弁論大会

昨日は「高円宮杯中学校英語弁論大会」の県予選会に行ってきました。私の生徒さんの一人であるYちゃんがエントリーしていたからです。33人の中学生が新潟市万代市民会館のステージで競いました。午後12時半から4時半までの4時間もの長丁場でした。

私の中ではYちゃんが誰よりも良い出来だと思ったのですが、残念ながら入賞(上位3人が入賞)は果たせませんでした。しかし大変な接戦であり、最後の最後まで審査員たちが迷ったという生徒として彼女の名前が発表されました。何もないよりそれだけでも良かったかなあとは思いますが、全国大会を狙えると思っていたので残念で思いがけない結果でした。何を隠そう、絶対入賞すると思っていたので、表彰式の前にはカメラの準備までしていたのを、すごすごとバックに戻しました(。>0<。)

5分休憩が2回入るものの、4時間もの間、次々とスピーチを聞き続けるのは体力も必要です。最後の30分から1時間くらいは頭がぼぉーっとして夢を見ているような気分になりました。「ムムッこれは強力なライバルだ」と思ったスピーチに私は☆印をつけ、内容・発音・全体の流れなどに対する感想をメモしながら聞いていたのですが、最初に☆印をつけたスピーチと後から☆印をつけたスピーチを比較してみたくても2時間・3時間・4時間前に終わったものは比較できない。いくらメモをとっておいても、もう一度聞いて比較しないと難しいのです。この長丁場は実際無理なのではないかと感じました。せめて予選でもう少し人数を減らし半分くらいにして、時間も半分くらいでやってもらえたらいいのにと思います。

2回目の5分休憩の時、トイレに行きました。そこには天井から床まで張った鏡がありました。左手が出口、右手が鏡になっていたのですが、頭も大分ぼぉーとしていたのでしょうね、出口に行くつもりで右に曲がり・・・と言っても右は鏡なので鏡にモロぶつかった私。ちょっと、いや大分恥ずかしかった。

でもよくがんばりました。ネイティブのようなキレイな発音と自然な話し方、何より楽しんでスピーチをしているのがわかる。私の中ではやっぱりYちゃんが優勝です!!さあ来年はリベンジだ!!

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2009年10月 8日 (木)

Use it or lose it.

昨日欲しいものがあって百円均一に行って来ました。レジで清算しようとして、ふと目に留まったのが「えんぴつで書く百人一首」。和歌の世界で、日本の伝統と美意識に触れ、えんぴつ書きで「脳力」アップといった趣旨のことが書いてある。

実は百人一首は何度も挑戦してそのたび途中で玉砕というのを繰り返しています。高校時代古典が好きだったのでがんばって覚えた歌も結構あるし、すごく気に入っている歌もいっぱいあります。百人一首のポッドキャスト番組も配信してもらっていました。おまけに「ちはやぶる」という百人一首をテーマにしたマンガがヒット中です。(おもしろいです!何かの賞を取ったらしく最近テレビでも紹介されたらしいですよ。)そんなわけで再びチャレンジのチャンスと思い買いました。

そして今日早速やってみました。

一首目の「秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ」をえんぴつでなぞってみました。Bか2Bのやわらかいえんぴつを使うようにと書いてありましたが、なかったのでHBのえんぴつでやったところ、たった2行なのに手のひらが疲れてだるくなってしまいました。小指と薬指の下あたりです。3つ目の和歌までなぞり書きをしましたが、何だか明日は手のひらが筋肉痛の予感??やっぱり2Bを買ってこよう(゚ー゚;

普段キーボードを打つばかりであまりまともに字を書くことがありません。手で書く場合でもたいていボールペンです。ボールペンの方が力を入れないで書けるんでしょうね。ラジオ体操で筋肉痛どころではありません。百人一首で手のひら筋肉痛だなんて・・・ちなみにラジオ体操は今でも身体がぼりぼり言ってます。こんなんで良いんでしょうか?初っ端の「チャンチャンチャンチャンdownチャンチャンチャンチャンdown」のところです。

"Use it or lose it." 「使わなければだめになってしまう」ですね。神様は実に巧妙に人の身体を創られたのですね。

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2009年9月29日 (火)

ラ・カンパネラ

コンサート以来、ラ・カンパネラのピアノの音が頭にずっと鳴り響いて離れず、YouTubeで探してみました。いろんな人の演奏があるのですが、私は真っ先に出てきた「小山 実稚恵さん」というピアニストの方が弾いているのを見て、すっかり見とれてしまいました。演奏しているところを上や横から手の動きが見えるように撮影しているので思わず見入ってしまうのです。こちらで見ることができます。リストは人間には弾けないような曲を書いたとどこかで読みましたが、本当に人間業とは思えません。

さらにラ・カンパネラを解説した動画をYouTubで見つけましたが、これがまたものすごく面白い。こちらで見ることができます。

私はクラシックは全然詳しくないので、他の人はとっくに知ってることなのかも知れないですが、しつこく繰り返されるレ♯は鐘の音をあらわしているのだそうです。楽譜を見せ、ピアノで実際に弾きながらの解説は非常に面白く、これもすっかり見入り、聞き入ってしまいました。「2人の人が鐘を鳴らしているような感じ、それを1人の右手だけでできてる」等々の説明を聞き、それじゃあ、手が何本にも見えるはずだわと納得しました。

ラ・カンパネラには1稿、2稿、3稿とあるのだそうで、難しすぎてリスト以外には弾きこなせないと言われた超難曲第1稿に小山 実稚恵さんが挑戦し、聴かすだけでなく見せるために書かれたたものだったと解説がされていました。今ピアニストたちが弾いているのは「あまりに難しすぎるために簡単に編曲されたもの」なのか「それでも難しくてさらに簡単にされたもの」なのか?

また2稿目は「ミ♭」、3稿目は「レ♯」で始まるのですが、この二つは全く同じ音をあらわしているにもかかわらずピアニストの心理に大きな影響を与えるのだそうで、その弾き比べもしています。「レ♯」の時は上に向かう心理からシャープさが感じられるのだそうです。なんて深いのでしょう!!

ピアニストとしてのリストの演奏はあまりにすごくて気絶する人までいたとか、リスト本人も気絶することがあったとWikipadia に書いてありましたが、その時代、私も聞いていたら気絶するかも知れないです。

いや、本当に魅せられてしまいました。絶句!!

(なぜ本編で演奏されたリスト(やシューマンなど)ではなく、アンコールで弾かれたラ・カンパネラかと言うと、長い曲は集中力がそれてしまうのと、よく聞く曲でよりなじみが深い曲だからです。以前加藤登紀子のほろ酔いコンサートで新曲ばかりが歌われて物足りないと思っていたら、アンコールで「知床旅情」や「百万本のバラ」が登場して安心し大いに満足して帰ってきたと言うことがありましたが、それに似たような心境です。また最後の方に演奏されたものが強く心に残るからです。つまり、音楽は全くのド素人だということです(* ̄ー ̄*))

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2009年9月27日 (日)

鍵盤から奏でる無限の音楽

コロナホール(コロナ本社3階)で行なわれた「小杉真二 ピアノリサイタル」に行ってきました。

連休は実家に帰っていたし、その前後は忙しかった。また明日から忙しい毎日が始まります。中間テストが近いので来週の日曜はレッスンでつぶれる予定です。コンサートのあることだって忘れていて行くまでは、「やっぱり、この日曜は家でまったりと自分の時間を過ごしたかったかも・・・」と思っていました。でも行って良かった!!すばらしかったのです。すっかり引き込まれました。当たり前だけど生で聞くと迫力が違う。

コロナホールのピアノは「ベーゼンドルファー」といい、世界三大ピアノの一つなのだそうです。ピアノには詳しくないですが、華やかな音ではなくこもった感じの音のピアノという印象を受けました。

モーツアルトのソナタから始まり、シューベルト、シューマンの後にリストのハンガリー狂詩曲第2番。超早業の手の動き、ダイナミックでかつ情感あふれる演奏に魅了されました。そしてアンコールは5曲もありました。(実はこれって普通なのでしょうか。)1曲目は何の曲かわからなかったですが、2曲目以降は「エリーゼのために」「幻想即興曲」「ラ・カンパネラ」「ノクターン」(ショパンのノクターンの一つでした)。「ラ・カンパネラ」のタイトルが思い出せず気になってましたが、家に帰ってやっとわかりすっきりしました。ホントに良い曲です。ありえないほどの連打!!

生の迫力に圧倒されました。繊細にしてかつ大胆、ため、間の取り方が絶妙で、まさにピアノが「歌っている」ではないですか。これぞカンタービレ!高音は鈴の音のごとく響きました。多分ホールの大きさも丁度よかったのかもしれません。何人入れるホールなのかわからないですが、私の番号が250番かそこらだったので多分250人位の人が入れるのかなと思いました。(何しろ直前になって前売り券を取っておいてもらったので私が一番最後かなと思ったのです。)

演奏を聴きながら、以前見た「船の上のピアニスト」という映画を思い出しました。原題は"The Legend of 1900"。以前書いたブログを今見ると次のように書いていました。

「生まれた年にちなんで1900(ナインティーン・ハンドレッド)と名づけられたその男はピアノの88個という限られた鍵盤から無限の音楽を奏でます。彼のピアノは時には優しく、時には力強く人の人生を奏でる、人の心を揺さぶる。激しいジャズをひいた時にまるで手が何本もあるように錯覚するすごい演奏・・・と言っても本当に錯覚したわけではなく映画のトリックではあるのだけど、実際に錯覚しているように錯覚するくらいすごい演奏でした。」

後ろの方だったので小杉真二さんの演奏する姿は残念ながらちらちらとしか見えなかったのだけど、彼の奏でる音を聴きながら彼の手は一体何本あるのだと思ってしまいました。ちなみにこのコロナホールにあるベーゼンドルファーは92鍵あるのだそうです。余分の鍵盤には間違えないように白鍵も黒く塗ってあるのだそうですが、いっしょに行った連れの解説によると最後のハンガリー狂詩曲ではその低音部も使うのだそうで、曲の途中で私の腕を「ここだ」と突っついてきたのですが、私は何を言っているのかわからず終わってから判明しました。

小杉真二さんは新潟県白根出身の方で、三条高校の卒業生です。卒業年から察すると38歳か37歳くらいで、イケメンでかっこいい。すごくスリムな人でビジュアル系です。ステージでマイクを手にしてテレまくってのあいさつが好印象で、私はすっかりファンになって帰ってきたのでした。

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2009年9月26日 (土)

継続は力なり

「ラジオ体操を始めました宣言」からかれこれ1ヶ月になります。今月の連休に石川県の実家に帰っていた時は結局できなかったけど、それを除けば毎日今日まで続けられました。(*゚▽゚)/゚・:*【祝】*:・゚\(゚▽゚*)

1ヶ月でどんな効果があったかは全然実感できないけど、すっかり習慣になり、やらないと何か忘れ物をしたような気がします。きびきびとお手本どおりにしっかりやれば体の隅々まで延びる気がします。第1と第2あわせてたったの6分20秒。これ以上長いといやになるかも知れない。毎日やるには丁度良い長さなんです。今日もできたという満足感もあり、今のところ楽しみにしてやっています。

私は腰痛がひどくて、年に1度くらいぎっくり腰になる。同じく腰痛やぎっくり腰に悩まされ続けていたサークルのYさんから「ちゃんと運動しろ」としきりに忠告されていました。彼は体操のほかに散歩も日課にしているんです。

最近、ラジオ体操を続けていると基礎代謝が上がるという話をある人から聞きました。ネット情報だと言うので本当かなあと思って私もネットで調べてみましたがどうやら本当らしいです。

週刊文春9月24日号に「ラジオ体操」のダイエット効果が見直されている・・・というタイトルで載っていたらしいです。全国ラジオ体操連盟副理事の青山敏彦さんが言うことには、「ラジオ体操第一と第二を含め、全部で十分間の運動を毎朝最低三カ月間欠かさずに行えば、効果が現れはじめると思います・・・・(以下略)」

おおっ、ダイエット効果があるですって???激しい運動ではないので劇的な効果はないけど続けていくと穏やかに効くということらしいです。マスコミの影響は大きいからこの様子だとラジオ体操にブームの兆しありです。

年のせいで年々代謝が悪くなってるんだと思うけど、悲しいことに痩せたいところが一番痩せません。(´_`。)グスン
ラジオ体操を続けていれば少しは改善されるのでしょうか。10分間と書いてあるけど、第1と第2の間の運動もしなければだめかしら?YouTubeではその間の運動は省かれてるんだけど・・・

さらに「ラジオ体操を続ければ、基礎代謝が10%上がるというデータがあり、背筋を鍛えることもでき肩こり・腰痛にも効果がある」という趣旨のことが書かれていました。私は背筋を鍛えるようにとお医者さんから言われ続けてきました。

「一番、大切なのはやはり習慣づけて続けることです」と同じ記事に書かれていましたが、これはすべてのことに当てはまると思います。

どんなにささやかなことでも、その積み重ねが成果に結びつくのだと思います。Continuation has power. 継続は力なり。続けたいと思うささやかな習慣が他にもたくさんあります。気負わず、無理せず、着実に、細く長く続けていきたいと思っています。

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2009年9月12日 (土)

「のだめカンタービレ」

「のだめカンタービレ」を読み始めて1週間。5巻目を読み終わりました。(22巻まであるみたいです。)

このマンガはテレビドラマ化され、私はリアルタイムでは見てなかったのですが、以前、お正月に2日間かけて一挙に放送された時、部屋に立てこもりテレビに張り付いて全部見ました。とにかくおもしろい番組で、テレビの前で笑い転げました。

主人公は某音楽大学ピアノ科に籍を置く「野田恵」こと「のだめ」。クラシックをテーマにしているので、このマンガやドラマをきっかけにクラシックファンが急増したらしいです。娘から又貸ししてもらって、毎夜寝る前に少しずつ読んでいるのですが、ドラマと違って音楽が聞こえません。でも読んでいると音が聞きたくなってくる。そこでついに「のだめオーケストラLIVE」をレンタルで借りてきて聞き始めました。

たとえば、モーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ」ニ長調という曲は千秋(エリート音大生で指揮者を目指すオトコ前)の説明によれば

「けっこう速い曲であわせるのが大変・・・モーツァルトがピアノのうまいデブ娘(知人の子)との合奏用に作ったあっかるいサロン向き音楽」

なんだそうです。そう書いてあると「どんな曲だったっけ?」と聞きたくなってきます。実際はもっと深遠な解説もあります。また、タイトルになっている「カンタービレ」とは「歌うように」という意味です。クラシック初心者にとってはちょっとしたクラシック入門書にもなるかもしれません。ドラマと原作と音楽が全部つながって、この曲を聴くとあの場面という風に頭の中で音楽が鳴り響きます。

私の中学生や、高校生の生徒さんたちに聞いてみたら、ほとんどの人たちが「のだめ」を知っていて、マンガで見てるかドラマで見てるか、もしくは両方とも見てるかしています。

「のだめ」は只今マイブーム。そして、夜寝る前のささやかな楽しみになっています。そんなわけで、しばらくは英語の本も隅っこに押しやられているような状態です。

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2009年9月10日 (木)

神がドアを閉めるとき

The Shop on Blossom Streetより

以前に読んだペーパーバックからです。(クリックで以前のレビューに飛びます。)

apple
The old proverb was right: God never closes a door without opening a window.
「神はドアを閉めるときには必ず窓を開ける。」


どんな状況でも必ず一筋の希望が残されているということだと思います。もしかしたらその窓は全開であなたが外に飛び出すのを待っているかもしれません。

世の中、全然思い通りに行かない。「自分はついている」と思っている人が成功する人だと聞いたことがあるけど、思い通りに行かないことが多すぎる。でも「神は必ず窓を開けてくれている」と信じたい。そしてその窓を見つけたい・・・・と思う今日この頃。

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2009年9月 8日 (火)

早起きは三文の得

年を取ると人は早起きになると言うけど、私はきっと「いつまで寝てるんだ」と言われるような朝寝坊のおばあさんになる自信があります(キッパリ)。主人が現役の頃は、勤務地によってはもっと早起きして朝食を作っていた時期もあるけど、早起きは私には絶対習慣にはなりませんでした。

そんな典型的な夜型人間の私。なのに最近朝5時半に起きています。なぜかと言うと息子のお弁当を作るため。朝早く家を出るようになったので、半分は仕方なく、半分はかわいそうだから。(いい年の息子なんですけど。)

夜、最後のレッスンが終わるのは早くて9時、遅くて10時。終わるとダッシュでお風呂に入り、台所を片付け遅くても11時くらいには寝ようとがんばる。

この時間に起きるようになってから、朝の家事の終了時間が早くなり、いつもぎりぎりになってばたばた大騒ぎでやっていたいろんなことが結構余裕を持ってできるようになりました。

と言ってもまだ1週間かそこらしか経ってません。「絶対に続ける」なんて固い決意はありません。だってそれで続いたためしがないんだもの。振り返ってみると、(自分に)ばれないようにひっそりと「何となく続ける」「できる時だけやる」というのが私の場合成功の秘訣のようです。あんまり張り切るとプッツンするのかもしれません。

昨夜は、早く寝る予定が遅くまで息子の話を聞いていて、その後夜の読書(それも少女漫画(゚ー゚;)に熱が入りすぎてさらに遅くなりました。夜、レッスン中に眠くなっては困るから、今日は昼寝しないと無理かなあ?早くも暗雲が・・・いや、今夜は何が何でも早く寝るゾ!!そして明日も早起きだ!!

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2009年8月31日 (月)

ラジオ体操で筋肉痛

ずっと前から運動の必要性を痛切に感じていたのですが、なかなか行動に移せずにいました。

市主催のエアロビクスにも行ったことがあります。フィットネスクラブの会員になってみたこともあります。せめてウォーキングでもと友達と歩いたこともあります。どれも1日坊主からせいぜい3ヶ月坊主くらい。家の隣がフィットネスクラブだったら続いたかもしれないけど、わざわざ車で出かけていくなんて時間もなければ根性もない。でも運動はしなくちゃいけない。

娘がヨガが良いと言いヨガのDVDブックを買ってやり始めたけど、腰痛改善のために始めたのに腰痛がひどくなって止めてしまいました。良かったら私もいっしょにやろうと思っていたけど、それで盛り上がっていた気分がすっかりダウンしまいました。テレビで「腕組ウォーク」を紹介していたので「これだ!」と思い買った本。どこの書店でも売り切れの人気の本だったらしいのが運良く手に入ったのに、数ページ読んで終わり。でも何かしなくちゃいけない!

そこで、一番手軽にできるラジオ体操をすることにしました。めんどうくさいことはできないこともわかったし、長続きしない。どんなささやかなエクササイズでも毎日続けることの方が大事だと気付いたのです。

英語サークルのA子さんは数年前から欠かさずやっています。それも毎朝リアルタイムでやっていて、体調はすごく良そうです。YさんはNHKテレビで「みんなの体操」と「ラジオ体操」それにウォーキングを毎日やっています。どうやら彼の場合、半分以上、いや3分の2くらいは美人アシスタントに釣られてやってるみたいだけど、ずっと続けているからやっぱりすごい。

私はリアルタイムでは無理だし、当分はYouTubeで第1と第2をやることにしました。ラジオ体操なんて、本当に久しぶりです。「たかがラジオ体操」と思っていたけど、たらたらせず言われたとおりちゃんとやると結構良い運動になることがわかりました。今日で5日目。笑われそうだけど、只今、全身筋肉痛です(;´Д`A ```

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2009年8月26日 (水)

カラオケと英語の関係

Kaidan_2 Rantai_2 Rantai2_2

日曜日、観劇が終わってから今度は英語サークルの飲み会へ。ぶらぶら歩いて新潟駅まで行くと、こんな階段が見えてきました。上手に作るものですね。

飲み会の場所は蘭タイというところでとってもおしゃれで雰囲気のあるお店でした。トムヤムクンがこんな入れ物に入って出てきました。本格的~。そして、おおー激辛(;´▽`A``

珍しくいっぱい飲んだものだから2次会のカラオケは声が出なくて困りました。しかし、ふと思ったことが一つ。英語やってる人はたいてい音感とリズム感が良いんじゃないかということ。英語のネイティブが全員そうだと言ってるわけじゃないですよ。外国語として英語を学ぶのに音感とリズム感はかなり重要な要素だという気がしています。

そう言えば昔、高校の英語の先生が「音楽が得意な人は英語がうまくなる」と言っていたのを思い出しました。もっとも、歌の上手下手はいろんな要素が組み合わさって決まるものだから「音感とリズム感良し」=「歌がうまい」になるわけではないですけどね。

今回初めて、英語ひとすじのTさんの歌を聞きました。毎朝欠かさず "Japan Times" を1時間読んでから出勤すると言うつわものです。英語以外では「この人、大丈夫なの?」って感じの人なんですけど、そこがかわいいところでもあります。彼のレパートリーがすべて演歌だったということがわかり、そのギャップに何だかとっても笑えました。

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2009年8月25日 (火)

観劇で感激

英語サークルのメンバーの一人Junyさんが属する劇団の舞台を見に行ってきました。「舞台屋 織田組」という劇団の演ずる「濃姫夢幻蝶-光秀を愛し、信長に嫁いだ女-」というお芝居。万代市民会館で行なわれたこの舞台。Jさんがお芝居をやっているというのを聞いていたので一度は見たいと思っていましたが、今回初めて見に行くチャンスがありました。思った以上に引き込まれすっかり見入ってしまいました。Junyさんの役どころは主役「濃姫」の侍女。濃姫は信長の正室で斎藤道三の娘。

シリアスな芝居に観客の気持ちも張り詰める中、Junyさん演じる侍女は緊張をほぐすためになくてはならない役どころではなかったかと思いました。それを彼女は見事に演じたと思います。実に多芸・多才でうらやましく思います。

サークルの仲間三人で行ったのですが、あんなに面白い芝居の最中隣でYさんは時々居眠り!!毎日午後になると睡魔が襲うらしのです。Junyさん演じる侍女が雨乞いをするシーンがあり、普段から変な人だとは思っていたけど、「おいおい彼女、大丈夫か?」と言いたいくらいの熱演。ユーモラスでかなり抱腹絶倒な場面だったんですが、その場面でYさんはカバッツといきなり飛び起きました。私は笑いが止まらず困りました。

なかなかの舞台。みんななかなかの熱演。この劇団いいですよ!!また公演をやるようなら今度もまた見に行きたいと思いました。

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2009年8月24日 (月)

110番

今日新潟でバイパスを走っていると道路上に大きなゴミ袋が1つ。中身はどうやら空き缶のように見える。さらに走るともう一つ大きなゴミ袋が。多分同じ車から落ちたものでしょう。このゴミ袋をよけるために急ブレーキをかけた車もあったようでブレーキ痕もある。

どこに通報すべきかと思ったけど「やっぱ、110番でしょ」と思い(なんたって他に思いつく電話番号なんて119番か117番か177番しかないものね)、ちょっとドキドキしながら「110番」通報しました。何故かドキドキするんですよね。

ゴミの落ちていた場所を言い、その後私の名前を聞かれたので名乗って、電話を切ると「位置情報提供」という見たこともない文字が携帯の画面に浮かび上がってきました。これにはびっくりw(゚o゚)w

クリックしてみると私が電話をかけた場所と時間が明記されていました。ネットで調べてみると「携帯電話・IP電話の「110番」通報位置情報システム」というものだそうで「電波到達基地局の住所地などから算出される位置情報、またはGPS対応機種による測位情報が位置情報として通知される」というシステムなのだそうです。

すぐに撤去しに行きますと言ってましたが、その後無事撤去したかどうかの連絡はきませんでした。当たり前でしょうか。警察はそんな暇じゃないか( ̄◆ ̄;)

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2009年8月23日 (日)

風は秋

Sora Soundofheart Sound_2

「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」(古今集)

季節が知らぬ間に移り変わってしまうことを何とよくあらわわした歌でしょう!!毎年この季節になると心の中で何度もつぶやくこの歌。(昨日は人前で声に出して言って噛んでしまいました(;´д`)トホホ…)声に出すと言いにくいことこの上なし。ゆっくりかみしめるように言わなくてはなりません。)

今年は夏らしくない夏でしたが、昨日、今日と久しぶりにすばらしい青空を見た気がしました。でも、吹く風はすでに秋。

新潟に向かう車の中から真っ青な空に白い綿菓子のような雲。この雲に乗ってみたい。こんな空と雲を見ていると神の大いなる意思を感じずにはいられません。この宇宙を作った何か大きな大きな力を。

"God's in his Heaven--
All's right with the world! "
神は天に在り、この世は総てよし(松本侑子訳)
(ブラウニング作 PIPPA PASSESより。「赤毛のアン」の最後にアンがつぶやいた言葉でもあります。)

2枚目と3枚目の写真は「水と土の芸術祭」の場所を2箇所ほど寄り道して撮った写真です。アートの展示があちこちにあり、地図も持っていなかったので探し当てるだけでも大変でした。これは"Sound of Harvest" という作品。「インドネシアの田圃で見られるカラクリ風車1000本を設置」とあります。青空にからんころんとにぎやかな音がして何だか楽しい気分になりました。

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2009年8月17日 (月)

三島まつり花火大会

Mishima Mishima2 Kiho


長岡市三島まつり花火大会に行ってきました。「はなみずき温泉喜芳」の露天風呂から見ると花火が真ん前に見えると聞き、「喜芳」にチェックイン。入館料は一人800円です。何と贅沢な花火の楽しみ方でしょう!!露天風呂は意外に広くて思ったほど混んでいなかったし、お湯の温度も低めだったので結構な時間をお湯の中から眺めていました。

すっかりのぼせてしまってお湯から上がり、屋上に行きました。屋上にはシートやイスやテーブルがセットしてあり、こちらも思ったほど混んではいなくてよく見えました。ほとんどの人たちは打ち上げ会場で観覧するのでしょうね。長岡花火や柏崎花火のような大きい花火や大掛かりなものはなくぽんぽん上がっているだけなんですが、小さくてもかなり近いので迫力があります。

温泉から上がって屋上に行くと心地よい風が吹き、何もつけなくても顔も身体もつるつる。新手の花火の楽しみ方で最高の夜でした。

ところで、屋上で缶ジュースを買って飲んだら150円しましたが、花火終了後、下に降りて自販機を見たら全部120円。何と「屋上価格」だったんですね。(でも、ここ最上階は2階なんですよ。)いやー、びっくりしました。

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2009年8月16日 (日)

圧力鍋復活!!

Aturyokunabe_3 Aturyoku_3 Aturyoku2_2

巷では最近圧力鍋がブームになっているらしい。娘が圧力鍋を欲しいと言って、このところ調査・研究をしています。そういえば私も圧力鍋を持っていたことを思い出し押入れの奥から引っ張り出してみました。一般に圧力鍋と言えばガス式しかないと思っている人も多いようですが、私のは東芝の電気圧力鍋。電気式です。

実はどこかからもらったもので、何度か使ったものの使い方が何となく難しそうだし、面倒な気がして、やがてお蔵入りしてしまいました。(実家が電気屋なので多分家からもらってきたのかも知れません。)今、長い眠りから覚めてようやく日の目を見ることになりました。

結構な骨董品で、大丈夫かなと思いつつも早速その日にポークシチューを作ってみました。本当はビーフシチューだけど、ビーフの固まり肉は高いし、冷蔵庫の中に豚ばら肉があったのでそれを使いました。短時間で本当に肉がとろけるように柔らかくできました。

翌日は五目豆を作ってみました。豆は時間がかかって煮るのが大変だけど、あっという間にふっくらおいしく焚きあがりました。(写真2枚目)ちょっと感動!!

その後、インド風チキンカレーやアジの甘露煮など作ってみましたが、骨付きチキンは箸でもスプーンでも簡単に肉がほろっと離れるし、アジも骨まで食べられるのです。

使い方が難しいと思っていたけど、基本さえわかれば意外と簡単。今日のお昼はゆで鶏を作りました。3枚目の写真はゆで鶏でアボガドのサンドイッチです。鶏とアボガドのほかに玉ねぎ、レーズン、ゆで卵、などが入っていて、マヨネーズとカレー粉であえました。パンは今朝ホームベーカリーで焼いたものです。家電調理器具は偉い!

ところで私の圧力鍋の使用説明書を読んでみると「パッキンは消耗品なので1年に1回程度取り替えてください」とあります。そこで東芝に問い合わせをしてみると、私のは1984年製のものであり、すでにパッキンなど部品はないとの返事。やっぱり。

今のところパッキンに損傷はないので当分は大丈夫とは思いますが、こういうところに日本のメーカーの姿勢が現れていると思いました。日本のメーカーには良いものを長く使ってもらいたいという心意気が全くない。作りっぱなしで、壊れたら捨てろと言う。25年も前に製造された製品の部品を持っていろと言うのは無理なことなのでしょうか。

技術の革新が目覚しく変わらざるを得ないと言う事情もあるかも知れないですが、圧力鍋に関して言うと基本的な構造はほとんど変わっていないと言うこともネットで知りました。外観も30年前に初めて出された時と今とではほとんど同じ。つまりすでに30年前に「出来上がった」商品なのだとも書いてあります。すでに完成品だったわけです。

ガス式が主流のようだけど、電気はスイッチさえ押せば火の調節もしなくて良いしそばについている必要もなく安全です。最近はマイコン制御のものになってるようなので、この骨董品の圧力鍋よりずっと便利になっているはずです。私みたいなおっちょこちょいは電気が絶対良い。「ママは危険だからガスは絶対止めた方がいい」と娘が太鼓判を押しています。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・

ところで、ガス式のものですが、ドイツのフィスラーの圧力鍋(ガス式)の保障期間は15年と知って驚きました。買った日から15年。ドイツは昔から良いものを長く大切に使うと言う文化があると聞いていたけど、今も変わらずその良き伝統を守っているのだなあと思いました。フランスのティファールの圧力鍋は10年保証だそうです。電気式ではないので単純に比較はできないかも知れないですが、メーカーの自信と心意気の表れではないかと思いました。

この9月には食欲の秋に向かってパナソニックから新製品が出るそうです。どんなものが出てくるか楽しみにしています。

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2009年8月 8日 (土)

海辺のドライブ

Seaside2_2 Fune Seaside


日常の喧騒を離れ、シーサイドラインを走り久しぶりに海の空気を吸ってきました。海のある風景は何て心が安らぐのでしょう。何故か郷愁を誘い、人の心をどこか遠くに運んでくれるような気がします。

思わず口ずさむ海の歌。「海は広いな大きいな、月は昇るし日が沈む♪ 海にお舟を浮かばせて、行ってみたいなよその国♪」

こんな小学校唱歌は今では小学校の教科書には出てこないのでしょうか。

土曜日なのに意外と海水浴をしている人たちが少ないと気づきました。最近はプールばかりで海には来なくなったんでしょうか。昔は夏と言えば海水浴だったものです。

間瀬の海岸で撮った海辺の風景。3枚目は車の中からトンネル入り口に差し掛かるときにフロントガラス越しに撮りました。

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2009年8月 4日 (火)

ひょうたんから駒

昨日8月4日月曜日は長岡花火二日目でした。

娘が長岡に住んでいて、毎年信濃川河川敷まで見に行くのですが、今年は5ヶ月の赤ちゃんがいてまだ無理。

でも、どうしても見たいと、一日目の花火に娘夫婦は子連れで日赤病院の駐車場まで行ってみたそうです。打ち上げ場所にかなり近い場所でなかなか良かったと言います。

娘は2,3日前から腰痛がひどくなり、昨日の昼間近所の整形外科で診てもらっていたので、2日目の花火は腰痛が良くなれば日赤辺りまで行き、良くならなければ自宅周辺で見ようということになりました。

車で長岡に出発する前、電話でこんな会話をしていました。

「日赤の駐車場に車とめられたらいいのにね。一時的に日赤に入院というのはどうだろう?」と私。
「私が緊急医にかかるとするか」と娘。
「そんなこと言ってて本当に病気にでもなったりしたら大変だよね」

そしたら何と冗談が本当になってしまいました。まさに「ひょうたんから駒」です。夕方になって腰だけではなく体全体がだるくなり熱を測ってみたら39.4℃もある。

すでに時間外で当番医が奇しくも「日赤病院」。車に娘と赤ちゃんを乗せ、通行止めの日赤前の道路に急病人だからとお願いして入れてもらいました。花火はすでに開始していたので交通量は少なくなっていて渋滞もなく、病院に到着。娘が診察を受けている間、私は病院の駐車場で孫を抱っこして花火見物となりました。(血液検査に1時間かかると言われました。)

「きれいでしょう?すごいねえ」と言葉もわからぬ赤ちゃんと会話しながらの花火観覧。大音量なのですが、怖がる様子もなく、花火がきれいだとわかるのかどうか、おとなしくじっと花火を見上げていました。そしてやがてそのまま眠りについたのでした。(めちゃめちゃ重くて、私は腰がめりめり。今日は腕も筋肉痛になっています。)

娘の診察と血液検査が終わる頃に最後のスーパーフェニックスが打ち上げられ丁度花火も終了しました。

やっぱり、長岡花火はすごい。さすがに日本三大花火と言われるだけのことはあります。2.7キロにも広がるという今年のフェニックス。夜空を埋め尽くす花火を見る感動は表現のしようもありません。

花火終了の時刻と重なり、帰りは大渋滞。普段15分位の道のりが2時間位かかりました。病院に行ったのは良かったのか悪かったのか。あまりに熱が高いので実は新型インフルエンザを心配したのです。実際そうではなかったのでほっとしました。

娘のその後ですが、薬が効いたのか39度代の高熱はやがて治まり、今は微熱になっています。

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2009年8月 3日 (月)

赤毛のアンランチ

Anne Anne2 Anne3

「赤毛のアン」公演記念スペシャルランチに行って来ました。メニューは「赤毛のアン」にちなんで次の通り。

本日のスープ・サラダ3種・コーヒー・紅茶(バイキング形式)
マリラのチキン(越乃鶏肉)のトマト煮込みと鮮魚のソティ
マシュウのジャガイモのグラタン添え
アンのレイヤーケーキとバニラアイス
ダイアナとのお茶会のコーディアル・ジュース

サークル仲間のヘレンさん がこのランチを見つけ、予約をしていてくれました。今日が待ちに待ったその日です。二人して一品出てくるごとに「まあこれがマリラのチキンよ」「コーディアル・ジュースね」などと、きゃあきゃあはしゃぎながらそれぞれ写真をパチパチというのを繰り返し、楽しくおいしい一時を過ごしました。

「赤毛のアン」の世界に浸って夢見がちだった中学生時代にしばしタイムスリップ。

さて、今日初めてヘレンさん(れっきとした日本人です)の車に乗せてもらって思いがけない発見をしました。彼女の方向音痴は私と良い勝負だということ。

英語サークル終了後、公民館を出ると、何の疑いもなくレストランのある「りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館」とは真逆の方向に走りだしたヘレンさん。そしてそれを全く不思議に思わない私。途中から変だと気づき地図を縦にしたり横にしたり逆さにしたりして大格闘。勿論初めて行った場所ではありません。二人とも「A地点からB地点には行ける、A地点からC地点にも行ける、でもB地点からC地点には行けない」というすばらしい方向感覚を共通して持っているのです。気軽に世界を一人で飛び回る彼女がこんな方向音痴だなんて。

結局ぐるっと一回りして最初からやり直し。

帰りは帰りでどこに駐車したか二人とも完全記憶喪失状態。入ってきた時とまるで違う方向に歩き出したらしくどこにも車は見当たりません。「C駐車場」に入れたということだけはわかるけど、どこにも「C」の表示はないのです。みんなどうやって自分の車を見つけるんでしょう?

しかもどの駐車場も見たところそっくりで、乗ったエレベーターの外観も全部いっしょ。仕方なく駐車場入り口のゲートをくぐって表に出て確かめてやっとたどり着くという大変な苦労をしました。

そして二人して迷子になってるにもかかわらず一歩歩く毎「おお、いい景色!!」などと言いながらパチリ、パチリ。以前別の友達とニューヨークに旅行した時、「michikoさんと歩いていると、いつまで経っても目的地にたどりつかない!!」と怒られたことがあるのですが、ヘレンさんもご主人と歩くと全く同じことを言われるのだそうです。「何だか似てるぞ、この二人」と俄然仲間意識がわきあがり、何だか嬉しくなりました。(「それでいいのか?」とどこかで声が・・・)

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2009年8月 2日 (日)

7.13水害復興記念 第5回三条夏まつり大花火大会

Sanjo


「7.13水害復興記念 第5回三条夏まつり大花火大会 」と銘打った今年の三条花火大会。例年よりパワーアップ、最高でした!!

今年は仕掛け文字(スポンサーの名前が浮き上がる)を止め、その分花火が豪華になりました。そんなに張り切らなくても座るところはあると言われましたが、それでもやはり例年のごとく朝7時頃に場所取りに行って来ました。

曇りのち雨、降水確率40パーセントと予報が出ていました。柏崎に続いて今年の花火は雨にたたられっぱなしで全くついていません。もうすっかり開き直って最初から雨合羽に傘持参で出かけました。(ホントにどれだけ花火フリークなんでしょう!)

夕方6時半頃着くと、5時頃から降り始めた雨もいい具合に止みました。でもビニールシートの上はずぶ濡れ状態でまずは雑巾がけをし、その上にもう一枚シートをかけて座りました。今回は6人メンバーが集まり、さあ花火の前に宴会。

食べ終わる頃はすっかりあたりも暗くなり花火のムードが盛り上がります。今年は何とアナウンスがグレードアップしました。柏崎のようにユーモアたっぷりのアナウンスというわけではなかったけど、かわいらしくてはっきりした私の大好きな「笑いを含む声」、どうやらプロのようです。(私の推測)

毎年同じようなことを書いていますが、三条花火はやはり近い。「遠くの三尺玉より近くの尺玉」と言うのが私の口癖になっていますが、打ち上げ場所が近く至近距離で見られる花火は迫力があります。打ち上げ数は8000発。頭上一面を覆うように広がります。

今年は新潟の英語サークルの友達とその御主人が雨にもめげずはるばる新潟から来てくれたのですが、迫力の花火に満足してもらえた様子です。何しろ今日は長岡の花火もある日なのにあえてこの雨の中を三条なのです。そして私は自分が上げてる花火ではないのに何となく誇らしい気持ちになるのです。最後の最後にまた雨が降り始めましたが、雨合羽に傘をさし、ナイアガラと最後の花火まで全部見ました。

写真は持ち寄った食べ物の数々。右側にある海苔巻きは私の作。かんぴょう、しいたけ、卵、紅しょうがなどが中に入っています。昔母がよく作ってくれていました。花火の写真はなかなか上手く取れず今回はあきらめました。私の目の奥に宝石箱のような花火、大輪のように広がる花火、ブーケのようなかわいらしい花火、すべてしっかり焼き付けて大満足で帰路に着きました。

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2009年8月 1日 (土)

止まってはいかがですか?

先週のNHKラジオ「実践ビジネス英語」では "Hazardous Driving" (危険運転)がテーマでした。その中でこういう発言がありました。

"Too many drivers think traffic ordinances are just guidelines, ......."
「交通法規を、ただのガイドラインくらいにしか考えていないドライバーが多すぎます・・・・・」

このテキストはアメリカが舞台ですが、これで思い出したのが、台湾の南にある「高尾」というところに行った時のこと。車は赤信号でも止まらないということを知りました。そこに住んでいる私の友人のアメリカ人は自転車に乗っていて後ろから車にぶつけられたことがあるとのこと。そのアメリカ人の友達曰く、"They think the red light is a mere suggestion. Why don't you stop?"
(彼らは赤信号はただの提案だくらいに思っている。止まってはいかがですか?って。)

そういうわけで高尾滞在中、道を歩く時は結構身の危険を感じました。でも高尾だけではなくアジアは全体にそんな傾向だとも聞いています。

また赤信号では止まるというのは日本では当たり前のことで、夜全く交通量のない信号でもほとんどのドライバーは律儀に止まって青に変わるのを待ちます。私もそうです。もう10年以上も前になりますが、それについてあるアメリカ人に聞いたところ、自分たちなら止まらないと言いました。自己の判断と責任で臨機応変に行動するのだそうで、誰も通らない信号で待っているのはばかげていると思うようです。国民性の違いですね。

ただ物事に対する意識は時代とともに変わるものです。たとえば飲酒運転に対する人々の意識は数年前とは格段の差があります。罰則が厳しくなったことが主な理由かもしれませんが、アルコールを飲んで運転することがいかに危険かに人々が気づき始めたということだと思います。

機会があれば、夜の信号についてどんな風に思うか再び聞いてみたいものです。

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2009年7月30日 (木)

知らないということ

当たり前のことだけど、人は自分の知識と能力の範囲でしか判断ができません。

昨日映画「剱岳」を見た後、日本山岳会のメンバーがスーツ姿で登山しているのが私には謎でした。そして「西洋の技術や装備を使ったモダンな日本山岳会の登山と測量隊の昔ながらの登山を対照させるためにわざとあのように描いたのかもしれない」と自分なりの結論に達したのでした。

でも実は「衣装や装具は当時の山岳衣装のオリジナルを忠実に再現してる」ことが後からわかりました。

知らないということはこういうことなのです。あの映画を見て私と同じように何でスーツ姿で・・・と思った人もたくさんいたのではないかと思います。真実がわかった今でもあの姿ではさぞ大変だっただろうとは思います。考えてみれば測量隊の人達の衣装も足袋にわらぐつ姿ですから、あれでよく登れたものだと思います。だからなおさら当時の登山の困難さを改めて思わずにはいられません。

物事を正しく判断するには豊富な知識が必要なのだと改めて思いました。また時として「無知は罪悪」と思うことがあります。「知らなかった」ではすまされないことも世の中にはたくさんあるのです。

そこで本日の格言

"The more I learn the more I realize I do not know. The more I rearize I do not know the more I want to learn."

「学べば学ぶほど自分が何も知らないということがわかる。知らないということがわかればわかるほどもっと学びたくなる。」

"the +比較級, the + 比較級"の構文の例文でよくこのような文章に出会うことがあります。ちょっと的外れだったかしら?日々自分の無知を思い知る私です。

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2009年7月29日 (水)

「剱岳 点の記」

映画「剱岳」を見てきました。大自然の荘厳さ、厳しさ、美しさ、そして前人未到の地を目指しひたむきに生きる男たちの姿にただ、ただ感動しました。でもこの感動を私のつたない言葉ではあらわすすべがありません。ぜひすべての人に見に行ってもらいたい壮大な作品だと思いました。

これは明治40年、陸軍の命令を受けて、日本地図を完成させるべく、立山連峰にある標高2999mの剱岳山頂を目指す男たちの物語です。剱岳は前人未踏の地で克服できない最後の空白点だったのです。そこに三角点を設置して測量を行ない地図を完成させるというのが彼らの使命でした。

よくぞこんな険しく厳しい山の中で撮影ができたものだと思いました。「自然の美しさは厳しさの中にある」と映画の中で主人公が言うのですが、まさに撮影も危険と隣り合わせのものだったのではないかと思います。さらに今のような登山用具も装備もない時代に実際に山頂を目指した測量隊の人々や案内人の人々はまさに命がけだったでしょう。そのすさまじさは想像を絶するものがあると思います。

挑戦することのすばらしさ、人の心の絆のすばらしさ、ひたむきに何かを成し遂げようとする人々の姿は人の心に深い感動を与えます。「誰も行かなければ道はできない」と案内人に扮した香川照之が言います。この人たちのお陰で道が開けたのです。またこの山を愛し山を敬い黙々と任務を遂行する案内人が実に良かった。その姿に私は惚れました。

ただ、一つだけずっと気になったこと。設立間もない日本山岳会が、この測量隊と初登頂を競うのですが、山岳会のリーダー役の仲村トオルは剱岳登山にスーツ姿、コートの前ボタンを開けたままというのが全く不可解でした。

でも、そのなぞは「まえつるぎの会仲間たちのFさん」 から次のようなコメントをいただき解けました。

「・・・日本山岳会は明治38年に発足したのですが、当時の上流階級の人々や、貴族階級の人々が中心になって発足しています。今では誰しも気楽に楽しめる登山は、当時は完全に金持ちのステータスとしての登山でした。映画劇中の台詞で「劔岳に登るのは、あまりにも危険な遊びだと思います」とありますが、世間はそのように彼らを見ていたのでしょう。調べてみるとわかるのですが衣装や装具は当時の山岳衣装のオリジナルを忠実に再現しています。現在に比べて当時の登山の困難さはそんなところに見受けられますが、登山者のステータス、フアッションアイテムとしてかなり高価なものだったと思われます。・・・」

知らなかったです。「仲間たち」のみなさんのお陰ですばらしい映画ができました。「仲間たち」の意味は映画館で映画を見ればわかるのでぜひ映画館に足を運んでみてください。(「まえつるぎの会」というのは撮影終了後製作スタッフが立ち上げた応援ブログだそうです。)

映画の中で立山から富士山が見えたのにも驚きました。日本海側から富士山が見えるとは!!

また最後に登頂した後、実は1000年も前に修験者が登っていたという痕跡を見つける場面があり、あっと驚く結末でした。1000年前のその修験者は生きて下山することができたのでしょうか。

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2009年7月27日 (月)

柏崎は雨のち晴れ

Hanabiame Hanabi100 Panda

7月26日は毎年柏崎花火大会の日です。

三条から柏崎に向けて出発する時からすでに怪しげな空模様。天気予報では降水確率50パーセント。でも柏崎の花火は、雨が降ろうと槍が降ろうと中止はまずないのです。以前、暴風雨の中で打ち上げが決行されたことがあり、その時は雨合羽、雨ズボン、長靴に傘で身を固め、花火見物に行くとは到底信じられないようないでたちで出かけて行きました。その時はさすがに、寒くて冷たくてこんな酔狂なことは二度としないぞと心に固く決めて帰路に着いたのでした。

ところが昨日も柏崎へ走る車の中から見ると空は真っ黒。途中から半端じゃない程のざあざあぶりになってきました。今年は断念するべきかと思いつつも、「そのうち晴れるかもしれない、とにかくここまできのだから行ってみよう」と柏崎入りしました。

会場に着くと、今度は「打ち上げ開始時刻までに晴れるかも知れない」と思い、とりあえず小ぶりになったところで場所を確保。雨のせいか時間が早かったせいか(開始時刻2時間半前に到着)、いつになく良い場所が取れました。傘をさし、余分に持っていたビニールシートを身体に掛け丸まっていると、雨も防げるしぽかぽかしてまるでコタツにでも入っているかのよう。

雨は降ったりやんだりを繰り返していましたが、開始時刻の7時半頃にはついに人々の祈りが天に届いたのでしょうか。すっかり雨があがり、海を舞台に感動のドラマが始まりました!!アナウンス嬢の歌うようなかわいらしい声が響きます。「会場左手から打ち上げ開始です!」

最初の写真は、花火開始直前7時20分頃の写真。まだ雨が降っている中、傘や雨具を身にまといひたすら晴れるのを待つ人々。まだ無人のビニールシートの上は水溜りとなっています。この様子、全く狂気の沙汰としか思えません。

2枚目は「尺玉100発一斉打ち上げ」がまさに打ち上げられた瞬間。もはや名物になりましたが、初めて見たときは呆然としました。柏崎はすごいことをやります。他に「尺玉300発連発」「三尺玉二発同時打上」は圧巻です。この不況で花火大会が中止になっているところが日本中いくつもあるのに何とも贅沢な花火三昧!!

3枚目はかわいいパンダの花火。

花火の美しさダイナミックさは小さなデジカメではとらえられません。また実際にはもっときれいで盛大な写真もあるのですが、毎年同じような画像ではつまらないので、雰囲気だけを載せてみました。

柏崎の花火は海をバックに、会場左、中央、右手と場所を変えて何台もある発射台から次々と打ち上げられます。海中花火というのはどうやって打ち上げられるのでしょうね。私には今もって謎です。

さて私が柏崎花火で楽しみにしているものの一つは、名アナウンス。これについては以前に述べたことがありますが、今回も笑うような歌うようなかわいらしい声で会場を盛り上げていました。私のいた場所はスピーカーがあまり良くなかったのか音が響きすぎて名コメントがしっかり聞き取れなかったのが心残りです。

1つだけはっきり聞き取れたもの。8:00ちょうどに打ち上げられた「ベスビアス大海中空スターマイン」の開始時のアナウンスは「8時だよ、全員集合!」でした。会場がどっと沸き、5箇所のポイントからいっせいに花火が夜空に炸裂したのでした。

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2009年7月23日 (木)

けがの功名

Pizza2 Pizza

先日ホームベーカリーでパンをを作ろうとして、手順を間違えたことに途中で気づきました。せっかくの材料を何とか救済すべく、急きょ途中からピザ・コースに変更しました。

4月にホームベーカリーを買ってからひたすらパンを作り続けているのですが、ピザはまだ試していませんでした。けがの功名とでも言いましょうか、今回このアクシデントで作ったピザ、これがおいしかったのです。と言うわけで今日はレシピ通りにピザ生地を作り、ピザを焼いてみました。

生地を作るところまでホームベーカリーがやってくれるので、切り分けて丸めて寝かすという部分は手作業になりますが、それも10分から20分。面倒な部分は機械にお任せなので簡単に出来ます。生地は薄めでパリパリしたピザが好きなので、できた生地を薄く延ばし、先日作ったピザソースを厚めにのせ、冷蔵庫にあるものを適当にトッピング・・・スライスした玉ねぎ、ピーマン、とうもろこし、ウインナ、トマト(トマトを焼くとすごくおいしい)、最後にシュレッダーチーズをのせたらオーブンに入れ待つこと15分、はい、出来上がりheart

やっぱり、ピザはオーブンから出てきたばかりのアツアツのパリパリにかぎります!!ホームベーカリーを持っているけどピザは試したことがないという人がいたら、ぜひお試し下さい。

翌日、残った生地で玉ねぎ、コーン、軽くゆでたジャガイモ、ツナ、マヨネーズをのせて焼いたらさらにおいしかったです。

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2009年7月22日 (水)

見えた!!

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今日は朝からテレビでは皆既日食の中継が行なわれて、大騒ぎ。奄美大島や屋久島などで皆既日食に入ると辺りは真っ暗になり宇宙の不思議さ神秘さを感じました。今のような知識がなかった頃、人々はこの不思議な現象をきっと神のなせる業とどんなにか恐れおののいたことだろうと遠い昔に思いを馳せました。

ここ新潟県三条市は朝からどんよりとした空模様。部分日食が見えるのはここでは11時過ぎくらいだろうと、家の窓から曇り空を見上げたところ、何と雲のフィルターを通して太陽がはっきり見えたではありませんか。

たまたま家に来ていた娘と息子を呼び三人で大フィーバー。「そうだ、写真だ」とそれぞれ自分のデジカメを持って来てパチパチ写真を撮りまくりました。太陽は肉眼では勿論、サングラスでも目をやられるから直に見てはいけないと警告されていました。日食グラスで見るか、テレカの穴を利用して投影させてみるのが良いなどとテレビでは言っていましたが、曇り空が効を奏し肉眼でしっかりと見えてしまいました。

テレビでレポーターが言っていました。皆既日食が起きると動物は行動に異変がおき、人間は「我を忘れる」などと言っていましたが、我が家の三人も我を忘れそうな勢いでありました。

やがて雲が全部なくなって完全に太陽が出てくるとまぶしくてもう見られませんでした。直視するなと言われなくても直視は実際無理な話です。でも一瞬ピカーっと光る太陽をまともに見ちゃったんだけど私の目、無事なんでしょうか。何だか今もくらくらする気がするんですけど。「みみほら」ならぬ「めほらの主」が軽い脳震盪を起こしているんじゃないかしら。

子供の頃みんなでガラスを黒く塗って日食を観察したのを覚えていますが、あれでみんな目は大丈夫だったんでしょうか。

今日来た小・中・高生の生徒さん達に聞くと、ほとんどみんな学校の授業中や休み時間に「見た」とのこと。

さて、1枚目の写真は望遠を使わず11時10分に我が家から撮影。2枚目は望遠を使って11時20分に撮ったものです。3枚目は12時16分撮影で月が通り過ぎて行く様子が時間差で分かります。

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2009年7月21日 (火)

和太鼓

Mimihora

昨日、海の日に和太鼓のコンサートに行ってまいりました。今回はコンサートのお手伝いをするということで、入場無料にしていただきました。お手伝いと言っても私は受付でパンフとプログラムを配るという簡単な役で最後に会場の後片付けもありましたが、たくさんお手伝いの方たちがいたのであっという間に終わり、何だか申し訳ない気分でした。

「みみほら」という男女二人(翠敬さんとてんさん)からなる邦楽ユニットに民謡歌手のゲストが加わったコンサートでした。各種和太鼓のみならず、ピアノ、篠笛、尺八などの演奏もありバラエティに富んだ楽しい舞台でしたが、やはり何といっても和太鼓のものすごい迫力には圧倒されました。和太鼓というのは激しい運動のように体力勝負の楽器なんですね。打っている姿もかっこ良く見入ってしまいます。一曲ごとに汗がほとばしります。

このユニットの名前「みみほら」は、「みみほらの主」から来たものだそうです。「みみほら(耳洞)」というのは耳の穴のことであり、いつまでも耳の奥に残る、心の奥に残る音楽を演奏したいという願いを込めてつけられた名前だそうです。耳の奥にはみみほら(耳洞)の主がいるらしいです。

「みみほら」のパワフルな演奏は私の耳洞の主に届き、今も耳の奥で響いています。

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2009年7月16日 (木)

comic literacy

前に「ガラスの仮面」という少女漫画のことを書きました。

先週ある人に第1巻をお貸ししました。その人は漫画と言えば「サザエさん」かそれに類するものしか読んだことがないと言うのですが、「michiko さんがそんなに絶賛する作品なら読まなければ」と言って持ち帰り、すでに1週間が過ぎました。今日、「どう、読んだ?」と聞くと、「まだ途中まで」との返事。1週間でまだ途中ですって??

彼女曰く、読む順序が分からない。4コマ漫画の類しか読んだことがないので、慣れていない。縦に行けばいいのか、左右どっちから読めばいいのか分からない。

漫画を読むにも経験が要るとは知りませんでした。私だってそんなに読む人じゃないんですけどね・・念のため。

「読み書きができること」「識字能力」のことを 英語で "literacy"(リテラシー) と言います。最近ではこの言葉を他の語とくっつけて、何かの能力をあらわすようになりました。中でも "computer literacy" (コンピュータ・リテラシー)というのは「コンピュータ操作能力」とか「コンピュータに習熟している」ということを指してよく使われるようになりました。その反対は "illiteracy" (イリテラシー)と言います。

そこで思わず作ってしまいました。 "comic literacy" というのを。日本語にすると「漫画読解能力」。辞書に載らないかしら、これ?

また彼女が言うには、主人公の女の子は「平凡で一見どこといってとりえのない少女」という設定であるにもかかわらず、目もぱっちりでかわいらしく、スタイルだって抜群にいい。これのどこが平凡なの?」

確かにその通り。でも漫画だし、主人公がブサイクに描かれていたら読者は読む気が失せるでしょう。前に赤毛のアンが映画化された時に主人公の女の子を見て、「そばかすだらけでやっせぽちでみっともない女の子のはずなのにかわいすぎる」と思ったことがあります。でも本に描写どおりの主人公が出てきたら興ざめでしょうね。

そんなわけで、後世に残る傑作と私が絶賛する「ガラスの仮面」も今回は形無しでありました。

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2009年7月15日 (水)

顔文字 :-) 

「インターネットの出現により読み書きの習慣が大きく変化してきた」と言う昨日の話の続編です。

「実践ビジネス英語」の今回のストーリーではさらに、メールでメッセージを書く際の、ネット特有の略語や顔文字の使用、また文の始めに大文字を使わないこと等も話題となっていました。(英語での話ですが、日本語も同様です。)

顔文字や絵文字(絵文字は日本特有のものらしい)は以前は私も抵抗があり、また面倒ということもあって使わないようにしていました。今でも多用はしないようにしていますが、文字だけではそっけない印象を与えるメッセージでも「笑顔」をあらわす顔文字やハートマークが入っているとソフトで親しみ易くなることは確かです。前に「笑う社長」で書いた「叱るときに笑う」に似た効果があると思います。

話し言葉には表情やイントネーションがあるので気持ちが伝わりやすいのですが、書かれた言葉にはそれがありません。特に携帯メールのような短いメッセージの中では顔文字や絵文字は簡単に気持ちを伝える有効な手段だと思います。(かと言って、手放しで賛成しているわけではありません。)

日本と英語圏では顔文字の使い方が違っているということもこのテキストの中で紹介されています。私の手元にある中学の英語の教科書(TOTAL ENGLISH 3)の中にも顔文字の日英の違いが紹介され、顔文字を使ったメールが堂々と掲載されています。たとえば英語では笑顔と泣き顔はこうなります。

笑顔    :-) 
泣き顔   :'-(

顔を90度左に向けて見ると納得します。どうして横向きに読まなくちゃいけないのか不思議ですが、とにかくこうなのです。ハイフン(ー)はどうやら鼻をあらわしているようです。英語では 顔文字は"emoticon"(エモティコン) と呼ばれていますが、 "emotion(感情)" と "icon (アイコン)"をくっつけた造語です。私は1年か2年前にある記事の中で初めてこの言葉が使われているのを見ました。

英語では「文の最初の文字は大文字で書くこと」「私を表す "I" は常に大文字で書くこと」というのは基本中の基本です。ところが以前メッセージののやり取りをしていた時に、大文字を使わず小文字ばかりで(しかも文法やスペースの間違いだらけの)文を書いて送ってくるアメリカ人がいました。もう赤ペンで全部添削して返却したい衝動に駆られました。しかしテキストによれば現代の若者たちは大文字を使わない傾向にあるのだそうです。将来、大文字は使われなくなるだろうと予言する人もいるそうです。

良かれ悪しかれ、言葉は時代とともに変わっていくものなのです。

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2009年7月14日 (火)

紙の辞書の良いところ

私の英語サークルではNHKラジオ講座「実践ビジネス英語」のテキストを使っています。オフィスで社員同士が交わす会話の形式をとっています。(ビジネスと直接関係ない一般的な話が多いです。)英語はかなり難しくて大変なのですが、毎回話題がおもしろく発展性のあるものなので使い続けています。

今回のトピックは Reading in the Digital Age「デジタル時代に読む」でした。インターネットの出現により読み書きの習慣が大きく変化してきたことが話題となっています。社員の一人が、自分の娘がコンピュータに張り付いてばかりいて、学校の勉強について行けなくなってきて、読み書きの能力も低下していると心配しています。

インターネットに限らず新しいものが出現するときは必ず論議が起こります。インターネット以前はテレビ、その後はテレビゲーム。その都度大人たちは同様の心配をしました。

あるいは計算機や電子辞書。電子辞書が普及し始めた頃、学校の先生方は生徒の電子辞書を禁止していました。今でも紙の辞書でなければだめだとおっしゃる先生はいらっしゃると聞きました。

私はかなり早い時期から電子辞書を使っていて、周りの人たちにもずいぶんと勧めてきました。当時はかなり高価なものだったけど、それだけの値打ちはあると思っていました。サークルのメンバーに「紙の辞書が電子辞書より優れているのはどこなんだろう」と質問してみたところ、「覚えたらちぎって食べられる」と即座に答えが返ってきました。もしもし、まじめに答えてください。お腹こわすでしょう!!

でも確かに昔、辞書を食べるという話をよく聞きました。昔の人はそれくらい一生懸命に勉強したってことなんでしょうね。二度と見られないと思うと必死になって頭に入れようとする。気迫があります。でも本当に昔の人は辞書を食べたんでしょうか?

放送の中でアシスタントの松下クリスさんが言っていましたが、昔、書くことが普及し始めたとき人々は若い人達のものを覚える能力が低下するのではないかと心配したそうです。

将来、今日のインターネットと読み書き能力に関する論争も「昔はこんなことを人は心配したものだと」語る日が来るのでしょうか。

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2009年7月13日 (月)

"listen to the fragrance"

Kodo

「香道」をご存知でしょうか。「香道」とは茶道、茶道と並ぶ室町時代にまでさかのぼる日本の三大芸道だそうですが、私には全くの初耳でした。

昨日、たまたまお誘いを受け、がらにもなく雅な世界を体験してきました。「香道」とは平たく言うと「ジャパニーズ・アロマテラピー」で、平安時代の最もトレンディな遊びだったそうでうです。しかしこれは貴族、それも上級クラスの宮廷人の遊びであり、ひそやかに受け継がれてきたものだそうです。NHK大河ドラマ「篤姫」の中でも「香道」を楽しむ場面が出てきたそうです。

前半は香道の歴史のレクチャー、途中抹茶と和菓子の休憩が入り、後半は香の練りあわせを実際にやりました。帰りに正露丸のように丸めたお香をお土産に頂きましたが、これは10日から2週間くらい乾燥させて、その後たいて楽しむのだそうです。置いておくだけでも良い香りがします。

今、ある家庭にホームステイしているアメリカ人がいるのですが、その人のステイ先(ホストファミリー)を探すにあたり仲介役をしたことがきっかけで今回このお誘いを受けました。ステイ先の方が主催する会だったのです。私はこの会の間、日本語から英語へと通訳をしていたのでおおわらわ。話は飛ぶわ、どんどん先行くわ、しっちゃか、めっちゃか。私も聞いたことのないようなことが次々と出てくるのですもの。(勿論若干の基礎知識はインターネットでゲットしてから行きました。)

香道では香を「嗅ぐ」と言う言葉は使わず、「聞く」というのだそうです。しぐさも香炉を顔の前に持ってきた後、顔を左に動かします。すると香炉は右耳の辺りに来るので、まさに「聞いている」感じがします。香をたいている時に香炉の中で香が滑って落ちて行く様を「香が走る」と言います。

香りを「聞く」を "listen to the fragrance"、香が「走る」を "run away"(実際逃げていく感じがするのです)または "run"という言葉に直訳し、「香道」ではこのように表現するのだと説明しながら言葉のおもしろさや風雅さを感じました。

最後に手のひらで丸めたので手に香りが残ります。人によって香りが違うので「あなたの香りを聞かせて」なあんて、会が終わる頃にはすっかりこの言い回しが板についてしまいました。

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2009年7月12日 (日)

笑う社長

昨日のレモンをレモネードに変えるという話で、思い出したのが旅行会社HISの3代目平林社長のこと。以前テレビで紹介されていたのですが、彼が社長になってまず実行したのが社長室をなくすことだったそうです。社長の椅子もなし。社内のデスクを回り社員とじかにコミュニケーションを取る。だから物事の決定が早いのです。スピードと価格意識を重視する。アルバイトで入社、高卒のたたき上げだそうです。もう大分前の放送になりますが、実に社長らしくない社長でした。

そしていつも笑っているのです。つらい時こそ笑う。部下を叱る時にも笑いながら叱る。「これじゃだめだよ!!」と言いながら大きな声で本当に笑っているのです。怒りながら叱られると意欲が失せるけど、笑いながら叱られると人はほっとして救われる気分になり、やる気を引き出す効果がある。でも実際怒っている時に笑うなんて難しいことです。

ちなみにHISは私が海外旅行の時にはいつもお世話になっている会社です。(と言う程に旅行できませんが( ̄○ ̄;)!)HISの創始者は海外旅行の飛行機代が海外と比べ異常に高いことに疑問を感じ、格安チケットの販売を始めたことが始まりだったというのを十数年以上昔に何かで読みました。それ以来HISはどんどん成長して大きくなりました。何の役にも立ってないと思いますが、その記事を読んだ時から陰ながらこの会社の発展を祈ってきました。古い体制を壊して新しいものを作ろうとする気概を持つ人、不公平を正す人、正義を通す人、庶民の味方・・・と言うのが私のヒーローです。

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2009年7月11日 (土)

人生がレモンをくれたら・・・

"If life gives you a lemon, make lemonade."(人生がレモンをくれたらレモネードを作れ)

最近のNHKラジオ「ビジネス英語入門」の中で聞いたことわざです。酸っぱくて役に立たないレモンをもらったら、レモネードにすればいい。つまり苦境にあってもそれを逆転させて前向きに生きなさいということです。レモンと言うのは英語では役に立たないものを意味しています。英辞朗には次のように書いてあります。「すぐ故障する機器、欠陥品、不良品、役立たずのもの、傷、欠陥車」・・・レモンも散々な言われようです(ρ_;)"

昨日の朝ある人と電話で話をしていました。「今日も会社ね、大変ね」と私が言うと「いや、近頃は休みが多くてね、ハハハ」「何だか楽しそうね」「いや楽しくはないよ~ハハハ、でも夏休みがあるし」

仕事が減り給料も大幅ダウンしていると言うのに、酸っぱいレモンからレモネードを作る人なんですね。

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2009年7月10日 (金)

節約術

昨日久しぶりに一緒にランチを食べた友達と帰り道ドラッグストアに寄りました。某ブランドのラップが山積みになっていて本日の売り出し商品の一つらしく彼女はそれを手に取りました。確かに通常より大分安い。

でも、私はラップはコメリの自社ブランドのバリュースターのものしか買わないことに決めています。それもレギュラーサイズではなく22cm幅で50mのもの。ほとんどのお皿は22cmで足りる。そして普通は20mのところ50mもあるから最後に買ったのはいつか思い出せないくらい長持ちするのです。それも確か98円くらいでした(しかし勿論質は違う)。レギュラーサイズで50mでも110円か120円かそこらだったと思う。・・・と彼女に言うと持っていたラップを思わず取り落とす。営業妨害しちゃいました( ̄Д ̄;;

ラップに限らず自社ブランド商品つまりプライベートブランド(PB)の商品は流通経路を省いたりその他の工夫で安くなっているので、今では同じものを買うならPBを買うようにしています。ただ、ラップに関して言うと、本当は使わないに越したことはないというのもわかっています。陶器でも蓋付きでそのまま食卓に出せるものがあるのでいくつか買い揃えています。それがお財布にも環境にも優しいことなのです。

私のささやかな節約術でした。

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2009年7月 5日 (日)

ガラス文庫

「ガラスの仮面」(花とゆめCOMICS)という少女漫画の傑作をご存知でしょうか。すばらしい文学にも匹敵する超大作、後世に古典となって残る大傑作だと信じています。

一見平凡で、何のとりえもないと母親から言われ続けた少女「北島マヤ」が演技の才能を見出され演劇に情熱を傾けて生きる物語です。主人公の演技にかける情熱とひたむきさは見るもの読むものを捕らえて離しません。一見平凡でありながら、劇中の人となって生きる時、彼女は普段の平凡さからは想像もできないほど輝きます。普段の姿(ドジでおっちょこちょいで率直で飾らない地の姿)との落差がまた魅力でもあります。

誰もが持っている願望がそこにあるのでしょう。マヤの魅力と読む人の願望、そしてストーリー展開が相乗効果となって惹きつけられます。

私が「ガラスの仮面」に初めて出会ったのはもう30年程前のこと。歯医者さんの待合室に置かれあったのを見たのが初めてです。現在43巻まで出ているけれど途中から出版のスピードが超スローペースになり数年に1回しか出てこないので私は気が気ではありません。

作者の美内すずえは今一体何歳なのでしょう。このままでは未完のまま終わってしまうのではないかと気を揉んでいます。43巻のうち手元に持っていなかった巻が数冊あったのですが、最近買い足して完全な「ガラス文庫」が完成しました。昔、作家の林真理子さんがこの本が好きで全巻そろえていて、「ガラス文庫」と称し自慢(?)していたので、以来私も真似をして「私のガラス文庫」と自慢して呼んでいます。

演技や演劇界について美内すずえは裏も表も知り尽くしているように思えます。主人公は天才だけど、それを生み出す作者も天才だと思います。

何しろ43巻もあるんだから、読み始めたが最後1日1冊読んでも43日。再び読み返してもまた最初と同じようにのめりこみ、途中で止めることができません。

私の太鼓判付の傑作ではありますが、他の事が何もできなくなるという大変な作品です。読み始めるにはそれなりの覚悟が必要です。

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2009年7月 1日 (水)

「ほんとうの空色」

小学校の頃、と言えば今から40年以上も前のことになるのだけれど、そんな大昔のことだから近所には本屋なんてものはなく、あの頃の私にとって本と言えば図書館にあるものかまたは希望者だけが学校で一括して買ってもらう「小学○年の学習」という月刊誌のみでした。

私は人と話すことが苦手でいつも一人で本を読んだり夢想ばかりしているような子供だったので、この学習雑誌が何よりの楽しみでした。多分小学3,4年の時だと思うのですが、付録に「ほんとうの空色」という小さな本が付いてきてそれがおもしろくておもしろくてそれこそ空にも昇りそうなくらいワクワクしました。この本について大人になってから人に話したことがあるのですが、知っている人はいませんでした。

ふと思いついて最近アマゾンで調べてみると、何と岩波少年文庫から出ているではないですか。時々思い出しては、「付録についてくるような本だから、そんなに有名な本ではないだろうし、もう二度とめぐり合うことはないだろう」と思っていたのに、見つけたときはうれしい驚きでした。ただ岩波少年文庫のこの本の第1刷は2001年となっているので私が昔に読んだものとは翻訳が違っているようです。英語で読もうと思ったのですが、実はハンガリーの作家でハンガリー語が原書でした( ̄○ ̄;)!

「ほんとうの空色」とは、塗るとほんとうの空になる絵の具のことでした・・・「それじゃ何のことかわからん!」というコメントをする人がいたので、野暮になるけど若干解説を加えると、朝太陽が昇り、青空が広がり雲が流れ、夕方になると日が沈む、夜は月が出て星がまたたき、雨の日はどんよりとして雨が本当に降ってくる。主人公の少年は屋根裏部屋にある大きな道具箱の蓋の内側一面に「本当の空色」を塗り、夜になるとその中に入って夜空を楽しんでいました。あんなにちゃっちくはないけど「ヴィーナス・フォート」のようなものを想像してみてください・・・「そんな絵の具が私にもあったら」と当時は空想にふけったものでした。

昨日アマゾンから届いて早速読んでみましたが、ワクワクして懐かしく、何だか小学校の同窓会で昔のクラスメート達にあった時のような気分でした。そう言えば、人と話すのが苦手だったにもかかわらず学校の休み時間によくこの「○年生の学習」の付録についてくるお話をクラスメート数人に読み聞かせをしていたのを思い出し、どうしてそんなことができたのかと今考えると不思議です。多分1年から4年生くらいの間のことだったと思います。本を上手に読むことができるようになったのが人より早かったからではないかと思います。また、ワクワクした気持ちを自分の中にだけにしまっておけなかったのかもしれません。

主人公の少年が半ズボンにうっかり落とした絵の具の汁でできた小さな空(それが唯一残った最後の空でした)に別れを告げ、すっかり小さくなったそのズボンを脱ぎ捨てた時、彼は少年から大人になったのでした。二度と戻らない私の遠い子供時代と重なり、ちょっぴり切ない気分になりました。

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2009年6月30日 (火)

ブログ復活

復活~です!!

娘に赤ちゃんが生まれ、すでに4ヶ月になりました。切迫流産・早産の危険があるということで娘は入院一ヶ月の後、我が家で6ヶ月滞在・・・などありまして、なかなか書くタイミングがつかめず今日に至りました。

先週末、小学校の同窓会がありました。卒業後40年以上過ぎてから初めて開かれた同窓会で、「老い先短い私たち、これが今生の別れかもしれない」などと冗談(半ば以上本気で)を言いつつ出席しました。

さて、同窓会の通知を受け取った後、小学校時代からの友人のOさんに「行くよね?」と聞くと、「そんなとこ行ったってじいさんとばあさんの集まりだよ」「きっと健康話に、孫自慢ばかりだよ」等と、あまり乗り気じゃなさそうなことを言っていました。が、蓋を開けてみると、そこに集まった誰よりも一番楽しんでいたのは彼女でした。「おい、おい」って感じでしたが、楽しければ何より!!

何だかタイムスリップしたような気分で、または浦島太郎にでもなったかのような心境でした。昔のイメージそのままの人たちもいましたが、あまりのビフォア・アフターの「変身振り」にしばらく昔の姿と重ならなかった人たちもだんだんイメージが重なってきて、そう言えばあんなこともあった、こんなこともあったと話が弾みました。しばし現実を離れ楽しい一時を過ごすことができました。

実際にはこの年になってくるとありがちな「あそこが痛い、ここが悪い」なんて話はあまり聞かなかったし、まして孫自慢なんて。でも帰りの電車の中で思ったこと。同窓会はやっぱり幸せな人たちの集まりなんだなあって。

ブログもまた再開して書いたら読んでくれるという奇特な人も現れ、それならばと復活と相成りました。

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2008年12月27日 (土)

年賀状

いつも年賀状作成は年末ぎりぎりになって取り掛かります。今年はいつもより早いくらいです。

昨日は娘の年賀状のお手伝い。今日は主人の年賀状を終わらせて(主人は私に丸投げです)、さあ今度はやっと自分のに取り掛かれます。裏には旅行に行ったときの写真を載せて(たいてい旅行の写真か教室の写真を使いいます)、印刷までこぎつけた。あ~、でも20枚ほど足りないみたいなのでまた買い足さないといけません。

それは明日にでも買い足すとして、できた分だけ宛名書きを済ませようととりあえず20枚だけをセットして、後はプリンターにお任せ。夕食の支度をして、夕食を食べて、戻って来てできた年賀状を見たとたん、「ギャ~!!!」表書きの宛名が全部主人の名前になってるじゃないの!!!

とりあえず被害は20枚だけですんで良かった。その20枚は修正テープで直さないといけません。

あわただしい年末、そそっかしさに拍車がかかります。これから2時間ほどまたレッスンです。さて、生徒さんがそろそろやってきました。

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2008年11月16日 (日)

iPodに乗り換えます!

英語のリスニングにソニーのウォークマンを使っていましたが、この度、アイポッドに乗り換えることにしました。それもビデオが見られるアイポッドタッチに変えます。

何しろアイポッドが主流になっているため、すべてがアイポッドに便利なようにできています。音楽だけを聴くならあまり変わりはないと思うのですが、内容が日々更新されるポッドキャストは自動更新されるアイポッドが便利だとわかりました。

気に入った番組(インターネットラジオなど)は、一つ一つ手動でダウンロードしていましたが、結構時間のかかる作業です。アイポッドだと、ワンタッチで登録ができ、いったん登録すれば、その後はすべて自動更新されます。そもそも「ポッドキャスト」という言葉自体「iPod」プラス「broadcast」だったとは知りませんでした。

名前を刻印してもらうことにしたら、海外からの出荷となり、到着までしばらく待つ羽目になりました。もう待ちきれません!

アイポッドがなくてもアイチューンは利用できるというのも今頃になってわかり、隅から隅まですでに調査済み。おもしろそうなビデオポッドキャストをアイチューンストアから登録しています。まだアイポッドが手元にないのでパソコンの大きい画面でテレビを見るようにポッドキャストを見ています。

パソコンを開くたび何もしなくても気に入った番組の新しいエピソードが自動的に増えているのは本当に楽ちんです。

基本的に「ながらリスニング」をする人なので、映像はあっても無駄だし勿体ないと思っていたのですが、アイチューンストアを見てからすっかり考えが変わりました。あればあった方が良い。英語の番組は映像があるとリスニングの理解度は増すし、病院での待ち時間にも見ることができる。

と言うわけで、ついに私もiPodライフはじめます♪

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2008年10月 7日 (火)

「たった3ヶ月で英語の達人」

Eigo


前に一度この本を読んたことがあり、自分のHPでも紹介しているのですが、久しぶりに取り出して再び読んでみました。ユーモアたっぷりに自分の経験を語っていて、読み物としてもとてもおもしろいし元気が出ます。
(「たった3ヶ月で英語の達人ー留学なんで無駄!お金のかからない速習法」志緒野マリ著(祥伝社黄金文庫))

副題が「留学なんで無駄!お金のかからない速習法」とありますが、筆者の志緒野マリさんは留学しても言語がモノになってない人たちの例を挙げ、特に親掛かりの留学が一番成果が上がらないものとしています。また逆に留学したことはないけどきちんとした英語を話す人に出会った体験談も書いています。全部が全部とは思いませんがかなり共感できるところがあります。(でもチャンスがあったら留学はしたいとも思いますが。)

本の中で彼女は一人旅の勧めをしています。彼女自身は40歳にして一人旅デビューしたとのことです。「淋しい中にディープな楽しみを感じられるようになったら、一人旅を楽しめる、自立度の高い人に成長したのだと言える」と言ってます。そして英語修行として考えた場合にアジア、特にインドがお勧めであり、インドに行く前にネパールあたりで修行してからインドに行ったらいいと書いてます。その理由については長くなるので省略しますが、インドでの武勇伝、エピソードの数々は本当におもしろかったです。

英語の修行のための旅行というとアメリカ・イギリスを考える人が多いけど、コミュニケーションツールとしての英語を習得したいならアジアが良いと言っています。現地の人たちとのコミュニケーションもそうですが、彼女がアジアで出会うのはアメリカやヨーロッパ、オーストラリアなどの旅行好きな国の人たちで、そういう人たちは旅先での出会いを求めていて友達になりやすい。また同じように外国を旅する旅人という点で対等に話ができるのだそうです。

海外旅行の後、増えてしまった体重を減らすために考案した一石二鳥のダイエット法がおもしろかったです。バイクマシーンで自転車こぎをしながらコードレスヘッドホンで洋画のビデオを見るというもの。ビデオがおもしろくて夢中になるとこいでいることを忘れるそうです。だからこぎやすいビデオを選ぶ。私も以前真似して挑戦してみましたが、挫折しました。それにコードレスヘッドホンはあまり具合の良いものでもなかったです。人それぞれ自分にあったものを見つけないといけないんでしょうね。私も彼女と同じで運動大嫌いなんですね。何かいい方法はないでしょうか?

なるほどと納得したのが英語学習とダイエットの関係。
1.なかなか続かない
2.やったらやっただけの効果はある
3.中断すると元の木阿弥に戻る
4.続けるのはむずかしいが、続けることができれば、いずれはモノにできる

まさにその通りです。これは語学の学習だけのことではないでしょう。「継続は力なり」だと痛感します。私は娘と一緒に何年もピアノを習っていましたが、まさにピアノの練習もこれが当てはまります。今は3番にあるとおり「元の木阿弥」状態です。とほほ・・・

がんがん勉強したいという人だけではなく、初心者で楽しんで英語を習得したいという人にも役立つように書かれています。日本お笑い学会の会員だそうで、かなり爆笑もののエピソードが披露されています。

私自身はアジアを一人旅する元気はないな。初めて行った海外一人旅はついこの前行ったロンドンですが、ロンドンだからこそです。治安や衛生面である程度安心できるところじゃないと心配性の私にはちょっと無理かも・・・

この前の連休でグアムに行ってきた友達の話だと燃料チャージが一人22000円だったかな。夫婦プラス子供一人で6万以上かかったらしいです。燃油高騰で海外旅行もそう簡単には行けなくなってきたかも知れません。

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2008年9月19日 (金)

またまた実家帰省

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京都に住んでいる妹と時期を合わせて年に2回、石川県の実家に帰省をしています。最近は9月と5月の連休を利用して帰るのが恒例になりました。今年は12日(金曜)から15日(月曜)までの4日間お休みを取りました。毎度のことですが、出かける前は直前までバタバタ過ごし、電車に乗ってからは全てを忘れてこの4日間は別世界に行ったように(実際別世界かも知れないが)、ゆったり羽を伸ばしてきました。

慌しい日常から離れて実家にいると時間もゆっくり流れるように感じます。13日と14日は昨年同様町内のお祭りの日でもあり、再び柿の葉寿司をみんなで作り、町内1軒1軒まわって歩く獅子舞を見ました(昨年の獅子舞の様子と町内の祭りについてのエピソードはこちら)。今ではこういう獅子舞は珍しいようで、ここまで絶やすことなく伝統を守り続けているこの町内は本当にすばらしいと再び感動を新たにしました。

柿の葉っぱが少しあまったので家に持って帰ってきました。こちらでも近いうちに作って食べたいなと思っています。柿の葉の上にシメ鯖、寿司飯、藻と桜海老を順に乗せて一晩重石で押して出来上がりというとても素朴なお寿司ですが、その素朴さが何とも言えずおいしいのです。(昨年の寿司の写真とエピソードはこちら

このところ実家帰省のついでに金沢観光をしていましたが、今回は金沢はパスして近くの粟津温泉に行ってきました。金沢から実家までは鈍行で40分くらい、実家から粟津温泉までは車で10分くらいでしょうか。

粟津温泉は「ゆのくにの森」というところに行ってきました。江戸・明治時代の民家を移築した工芸村で、工芸品を展示、販売しています。また九谷焼や加賀友禅の体験もでき、ろくろを回したり、ハンカチなどを作ったりの体験をしている人たちもいました。近くにこんな良いところがあったんですね。知らなかったです。緑に囲まれて気分もリフレッシュ!

母のお墓参りにも行き、友達にも会い、なつかしい人たちにも会い、恒例の宴会では例によって弟の頭の後退具合や(ねこの額のように狭かったのに今ではすっかりおでこの広い人に変身してしまった弟、どこまで育毛剤を塗りどこまで顔用の化粧品をつけるか、それが問題だ・・・などなど)、昔話、それに父の娘・息子・孫自慢等で盛り上がりました。娘というのは妹と私のこと、息子は私の弟で、父は本人たちを前にして本人の自慢をするのです。幸せな父親で、その幸せオーラをいっぱいもらい、おいしいものをいっぱい食べて充電してきました。

そして帰ってきてからはまた慌しい忙しい日々が復活です。いつまでこうやって実家帰省ができるのかわかりませんが、また今度帰る時を楽しみにがんばらなくっちゃと思います。

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2008年8月11日 (月)

Life is ・・・

"Life is too serious to be taken seriously."
「人生は、深刻に受け止めるには深刻すぎる」

NHKラジオの英語番組「実践ビジネス英語」の8月号に引用されていたオスカー・ワイルドの言葉です。

私は毎週月曜日に英語のサークルに行っていますが、杉田敏先生のこの「ビジネス英語」を長年に渡ってテキストとして使っています。NHKラジオの語学番組ではこれが一番レベルの高いもので、毎回知らない単語や表現を教えてくれます。私の周りの英米人はこのテキストを見て「こんな英語、普通に会話で使わない」と言う人が多いのですが、内容がおもしろく、格好の話題を提供してくれています。時代を先取りするようなトピックであったり、考える糧になったりするようなものです。

今回の内容は職場でのユーモアについてでした。そして今回のビニエットの最後を締めくくる言葉がこれでした。実に「言い得て妙」ではないでしょうか。

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2008年8月 1日 (金)

転倒事件

今日、ゴミ出しに出たところ隣の家の前で盛大に転倒。あちこちすり傷と打撲でかわいそうなことになっています(´_`。)

これまでにも骨折したり捻挫したりと結構ひどい目にあっているので、階段などもかなり注意して毎日生活してたのに、今日は気が抜けていたんでしょうか。転んだ直前の記憶が全くありません。

隣の家の前の溝には子供が落ちたりしないように鉄板でふたがしてあるのですが(子供じゃなくて実際そのどぶに落ちたことがあるのは私です(* ̄□ ̄*;)、そのふたの両端が反りあがっていて、その反り上がった部分にサンダルのつま先が引っかかりました。バックベルトのあるサンダルでしっかり足にくっついていたのでなおさら被害大だったのかもしれません。

両手指や手のひらはすり傷だらけ。さらに左手首をねじってしまったらしく動かすと痛いです。左ひじにすり傷。左肩打撲。

両膝にもすり傷。ジーンズのひざには穴があき右ひざは打撲で触ると痛い。古いジーンズで良かったわ、不幸中の幸い♡右足の親指の付け根はひねったらしくて痛む。歩くときに痛い。靴を履くと痛い。折れてはいないと思うけど大分痛い。きっと折れてないと思う、多分大丈夫と思う。

よっぽど顔面がすりむけると思ったけど、無事でした。でも危ないところでした。だって、地面がすごく顔に近かったんだもの。多分地面と顔の距離は数ミリってところ。ホント、顔が被害を免れたのは奇跡のようなもの。

それにしてもいつまでたっても改善されないこの不注意さ、そそっかしさにショックを受けています。

これが事件現場です↓端っこがめくれ上がっています。

Plate


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2008年6月29日 (日)

"Alice's Adventure in Wonderland"の言葉遊び(その2)

アリスの言葉遊びについて再び。

「言葉遊び」とは平たく言えば「洒落」のこと。最近では「駄洒落」とか「おやじギャグ」と呼ばれてますが、洒落を理解するには語彙が豊かでなくてはなりません。オーディオブックでさんざん聞いていても理解できてなかったところをいくつか英語の原書と日本語の翻訳本をつき合わせてみると、洒落のオンパレード。全部聞いてすぐわかるようなら相当英語の語彙力があると言うことになるでしょう。やっぱり、難しいわ・・・

今から10年以上も前にサンフランシスコに旅行した時、ミュージカル・コメディを見に行く貴重な機会がありました。内容は全然知らずに行ったのですが、「シンデレラ」のパロディで主人公が理想の王子様を探しに世界中を旅するというお話でした。それこそ洒落と風刺で構成されているようなミュージカルで、おそらく半分も・・・いや三分の一も・・・いや四分の一も・・・理解できていたかどうか怪しいものです。洒落がわかればうれしくて必要以上の(?)大笑い、周りが笑っているのに自分だけわからない時はずいぶん口惜しい思いをしました。

覚えている駄洒落を一つ。「シンデレラ」が日本に行くと、とてもすてきな彼氏を持っている「メイド(maid)」に会います。「どうしたらそんなすてきな彼が見つけられるの?」と聞くと、"Because my boyfriend is・・・made in Japan, made in Japan・・・" (だって、私の彼は日本製・・・)とか言って踊り出す・・・という具合。スペルは違うけど音は同じメイドです。今改めて思い出してみるとメイドさんはメイド・カフェのメイドみたいな格好をしていました。日本製品が優れているとアメリカ人が認識しはじめたのはいつごろのことだったか私は忘れましたが。今はホンダ゙の車などよく見かけます。

英語だけではなくて、当時の政治や風潮を揶揄する内容でもあり、政治家や有名人(をパロったもの)がたくさん出演していたので、そういう方面もわかればおもしろく、わからなければさっぱりというものでした。

洒落、風刺、パロディを理解するにはそれなりの知識と教養が必要なのです。まだまだ道は遠いなあ。

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2008年6月28日 (土)

「赤毛のアン」の記念切手

Stamp

「赤毛のアン」の切手があったという情報をゲットしたので、昨日郵便局に行って買って来ました。

今年は「赤毛のアン」が出版100周年にあたるので、それを記念して、カナダと日本が共同発行したそうです。1シート10枚あり、1枚目と2枚目はカナダでのデザインで、残り8枚は「日本のテレビ番組「世界名作劇場シリーズ」で放送されたアニメーション「赤毛のアン」のアニメ原画を使用しました。」とのことです。

やっぱりカナダのデザインの方が私のイメージする「赤毛のアン」だし、風情があって良いなあ・・・確かに「赤毛のアン」は子供も大人も楽しめるけど、日本のは完全に子供向けのマンガ、いかにも「名作劇場」って感じになってしまっているので残念。熱心なアンファンはむしろ大人の人が多いと思うので、私としてはできれば全部カナダデザインにしてほしかったなあ・・・

1枚目 Image of Anne of Green Gables created by Ben Stahl.
2枚目 Image of Green Gables House created by Christopher Kovacs.

切手の情報はこちらから。
ちなみに全体像はこれです。

Stamp2_2


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2008年5月27日 (火)

携帯その後

さて、AUからドコモに変えるのにあれほど大騒ぎしていたにもかかわらず、現金なもので今やAUのことなどすっかり眼中になく新しいおもちゃを与えられた子供のごとく、毎日新しい携帯をいじりまわしています。こうも変わり身が早いと、「たかが携帯でこんなに悩むんだから離婚は絶対無理」などと言ってたけど、案外、実際実行したら3日ですっかり忘れてしまいそうな気がしてきました。

先月ソニーのウォークマンを買ってからパソコンでリスニングサイトを渡り歩き、1ヶ月近くに渡って英語の番組やオーディオブックをダウンロードしまくりましたが、この携帯でも同じことができることがわかりました。電話がかけられてメールができれば良いくらいに思っていたけど、最近の携帯は何でもできるんですね。またも浦島太郎状態です。

私の買ったのはP905i・・・少し濃いめのピンクがかわいくてこれにしました。そのうちUSBケーブルを買ってきて(1500円くらいだそうです)、パソコンからダウンロードもしてみよう、ちょっと楽しみ。「テレビなんか携帯で見てどうする?」なんて言っていたけど、テレビが見られるなら映画も見れるのではないかな?USBケーブル買ったら試してみよう。6月1日からは娘・息子達とも通話が無料になる。特に娘とは電話でもよく話すので嬉しい。

というわけで新しい「恋人」とはすこぶる仲良く楽しい毎日を過ごしています。

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2008年5月23日 (金)

長年おつきあいしていた恋人と別れました

・・・の心境です・・・ああ、何だか昔の切ない思い出が次々とよみがえってきました。

8年9ヶ月も使っていたAUをドコモに変えました。携帯ごときに何を大袈裟なと思われそうですが、今だに胸がちくちく痛み後悔しています。変えた理由は海外でも使えるものにしたかったということですが、AUでも使える携帯はあるのです。だけど3種類しかなくて色が黒か白で白の裏は緑でかわいくなかったという単純な理由です。それでも妥協して白と緑のものにしても良いかなあともと半分思っていたのだけどそんな時に、「AUの海外用携帯はあまり良くないから辞めた方が良い」とある人から聞いてしまったのです。それも結構事情通の人です。今となってはなぜ良くないのかをしっかり聞くべきだったと思うけど、その時は気分がすっかり行け行けムードになっていて、その言葉が決定打となりました。後から考えるとこの時期に変えるのが良かったかどうかも怪しい。今月中(5月中)に変えれば1万円のキャッシュバックがあると言われたので気が急いてしまった。

ドコモ代理店で最後に決める時も、相手に何の落ち度もないのに長年連れ添った恋人に一方的に別れを告げる時のように後ろ髪が引かれ、心が痛み、裏切りを働いているように後ろめたく、やっぱり辞めようかと最後まで迷っていました。手続きのためにドコモのお姉さんがAUに電話をかけてくれている時も、自分では本人に直接言えなくて友達とか誰か他の人に間に入ってもらっているような気分になっていました。

娘も息子もずっとドコモなのでそっちにした方が何かと都合が良いんじゃないかと思うこともあったけど、最初に使ったのがAUだったし、Cメールの機能も助かっていました。今日は家族割にもちゃんと入ってきました。最後に使ったAUは3年以上使ってきたのでさすがに新しいものは見やすくて使い勝手も良くなっています。今となってはもう遅いのでこの新しい携帯、何が何でもこの先2年は使わなくてはなりません。もしかして2年後によりを戻すかも知れません・・・と言いながら2年後にはすっかりそんなこと忘れてしまっているかもしれません。

携帯でこのくらい気にするんだから、ましてや離婚なんて相当、相当、余程のことがない限り、絶対私には無理ですね。離婚する人ってすごい決断力があるんですね。

メルアド変更のために通知のメールを一斉に出してもらったら、ご無沙汰していた人たちから近況を知らせるメールが次々と届き、それだけは唯一(?)良かったことかもしれません。

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2008年5月 7日 (水)

夢からさめて

4月後半の連休は3泊4日で実家の石川県へ。そしてその夢も覚めやらぬ中、5月初めの連休は2泊3日で東京へ。

東京では、これでもかと言うほど歩きまくり、一年分の運動をした気分です。東京って本当に歩かないといけないところなんですね。これ以上年を取るともう無理でしょうねえ・・・まだ筋肉痛が治りません。そして地下鉄・東京メトロの複雑なこと、この上なし。

また「旅の楽しみの半分は食にあり」という娘と一緒だったので大いに食べまくりました。一日中朝から晩まで動き回ると一日は途方もなく長く感じられます。朝のことが何日も前のことのように感じられてとても2泊3日とは思えませんでした。食べて、見て、歩き回った3日間。長い夢からようやく覚めた気分です。

楽しい時はあっという間に過ぎ去りまた現実の世界に戻ってまいりました。さあ、また今日からがんばります。

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2008年1月 7日 (月)

書くこと

昨日家計簿について書きましたが、家計簿をつけることもそうだけど、何か目標を持ったり改善したいことがあったら文字にして書き出してみるというのは何だかとても大事な事のように思います。きっと物事を客観的に眺めることが第一歩なのですね。

「いつまでもデブと思うなよ」という本を書いた人は確か一年で50キロ減量に成功したのだけど、この人は毎日食べたものをもらさず克明に書いていったそうです。よく夢をかなえるための第一歩として夢を書き出すと良いと聞きます。「書く」という単純な行為により、夢がより具体的になり、夢を意識することができ、それによって夢に到達しやすくなるもののようです。きっとこの本の作者も書くことにより常に意識がそこに集中されて、大きな成果を生んだのではないかと思います。書くこと侮るべからず。

よーし、私も今年の抱負、今年の目標、今年の夢、書くところから始めようっと!

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2008年1月 6日 (日)

家計簿

Kakeibo  Furoku_photo04


「家計簿をつけ生活を見直しお金を貯める」というのが私の新年の抱負の一つです。

自慢じゃないけどこれまでの人生、家計簿をつけても続いたためしがありません。思えばどれほど挫折を繰り返してきたことでしょう。

毎回「今度こそは」と意気込んで家計簿を買って来る。すると一刻も早くつけたくなり、明日が来るのが待ち遠しくなり、そして待ちきれなくて明日の分までつけたりする。しかしその意気込みもそう長くは続かない。明日の分までつけてたと言うのに2日、3日、4日・・・10日とまとめてつけるようになり、そうなるとお金も合わなくなり、合わない額も最初は十円単位、それから百円単位、千円単位、最後は万単位になってくる。いやになって投げ出す。「大体どうせ赤字で足りなくなるんだからつけてもつけなくても一緒だ」とついには開き直る。それを繰り返すうち、もう何年も前に家計簿をつけるのは私の性に合わないのだといつしかあきらめました。コンピュータならできるかもと思って試した時もあるけどやはり挫折しました。

主人には家計簿もつけられないとことあるごとに文句を言われっぱなし。「つけていたことだってある!」と反論すると、「お金の流れが全くつかめていない」「つけっぱなしで何にもならない」「予算・決算をしないから役に立たない」「お前みたいに要る物は要る」と言っていたら生活が成り立たないだろう!」などなど散々言われ続けてきたのです。そこで2年半ほど前に謹んで家計のやりくりを全て主人に引渡しました。私は自分が買い物してきた分はレシートを財布の中に入れておくだけ。

それで良くなったかと言えば、とんでもない!確かに家計簿はつけているが大雑把過ぎて何が何だか私にはさっぱりわからない。本人にはわかっているのかも知れないが、例えば主食・副食・嗜好品・外食すべてを食費にしているので食費の中身はわからず、自分で財布を握っているので、それ幸いとばかりに、もともと多かったお酒の量もさらに増えました。

これではたまったものではありません。今度こそ最後のチャレンジです。穴の開いたバケツのように野放図にお金を使っていては行く末が案じられる。娘が昨年末に買った「すてきな奥さん」の新年号に「お金が貯まる!家計簿」が付録でついてきてこれが使い勝手が良さそうだと教えてくれたので私も同じ物を早速買ってきました。

この家計簿は毎日の支出を書き込む「本体」と集計ができる「集計ノート」に分けられていて集計と家計診断がしやすくなっています。カラフルだしかわいいし、持ってるだけでいかにもうまく家計管理ができそうな感じがしてきます。今は収入の少ない分を埋めるために毎月貯金を切り崩しながらの生活なので、指示通りに予算を立てると最初から赤字確定でしょっぱなから意欲がそがれたものの、何とか立ち直りそれなりに何とか予算も立てました。貯金を切り崩しても赤字になってもその一方で貯める所存であります!

娘も今年から家計簿をつけるらしいので、「励ましあってがんばろうね」と言っています。(娘には「はあ」と気のない返事をされましたが。)

京都に住んでいる妹に話したら「いつまで続くかね?」と言われたけど、妹よ、一年後を見よ!

あ、それからかわいらしい「リラックマカレンダー」と「リラックマ手帳」が付録でついていたのでとっても得した気分です。左は家計簿。右の写真はリラックマ手帳。

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2007年12月29日 (土)

年の瀬

昨日朝から腹筋が痛いので何をしたのかよくよく考えたら、一昨日は朝からずっと盛大にくしゃみをしていたせいでした。一昨日の朝お風呂に入って髪を洗った後、裸のままお風呂掃除。普段あまり掃除してないのでかなり時間をかけてていねいに磨き、あがってきたらくしゃみ、鼻水が止まらなくなりました。くしゃみってすごいエネルギーなんですね。すごい腹筋運動になります。体力がないとくしゃみもできないかもしれない。ちょっと咳をするだけでも痛いのです。くしゃみも鼻水も一晩寝たら収まりましたが、お腹は今日もまだ痛い。

それに膝も痛い。これは前日の拭き掃除とそれに続くワックスがけのせいでです。ワックスは本当は縦横縦と三度かけるのが良いらしいですが、縦縦と二度がけしました。普段はろくに掃除もしないのですが、ワックスをかける回数は人より多いのではないかと思います。ワックスさえかけておけば汚れにくいような気がするからです。その後怠けたいためにかけてるようなものです。それに我が家の床は材質のせいかワックスをかけると顔が映るくらいピカピカするのでやりがいがあるのです。

掃除はいつもできるところまでで打ち切りになります。まだまだやるべきところはいっぱいあるけど、明日、もうちょっとやったら終わりにします。昨日は小豆を煮てあんこを作り、今朝は餅つき機で御餅をつきました。

珍しく年賀状も三日前に終わり出してしまいました。自分の分と主人の分の両方を作りました。自分の分は毎年あれこれ迷いながらレイアウトを考え相当時間をかけて作ります。毎年教室の写真や旅行の写真を載せているので、写真を選ぶだけでも大分時間がかかります。背景、構図、それに写真映り(勿論、自分の顔のです)の全部が良くないといけないのですが、三拍子揃っているを見つけるのはなかなか難しいのです。その点主人は簡単で、迷うことなく縦書きのもので全然おもしろくないデザイン、多分一番さえない感じのものを指差し「これで良い!」と言い、私が「ええ~、こんなの~!?」と言いながら作るのが常です。以前はコンピュータで作った年賀状は味気ないと言ってたくせに、今では書くのが面倒くさくなったらしくて全部印刷してくれと言う。主人だけでなくみんなの意識も変ってきているのかも知れません。

明日は30日。学校の冬休みが始まってから普段のレッスンに加えて冬期講習をやっていましたが、明日の午前中まで続きます。とは言っても、今年は生徒が少ないのであまり忙しくはありません。今となっては忙しいと文句を言ってた時がなつかしいくらいです。

さて今日はこの後友達と忘年会です。先週の誕生日に行こうとしたら予約が取れなかったので今日になりました。いよいよ今年も終わりになります。

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2007年12月20日 (木)

美容院

昨日は美容院に行ってきました。この美容院にはすでに三年以上お世話になっていて、今の美容師さんのKさんに担当してもらうようになってからは一年くらいになります。Kさんは私の髪質やくせを充分把握してくれていて、欠点をを長所に変える、もしくは長所を生かすようなすばらしいカットをして頂き大変気に入っています。欠点を長所に変える、長所を生かす・・・書いてから思いましたが、髪だけではなくことごとくそうありたいものです。

今年の夏わけあって一度だけ別の美容院に行ったことがあるのですが、切った直後から何となく変。気のせいかな~、きっと時間がたてばそのうち馴染むのかな~と思っていたけど、むしろ日が経つにつれどんどん収拾がつかなくなりました。そしてとうとう二週間くらいでたまらなくなりKさんの所に駆け込むと、全てが逆だと言われました。つまり長くなければならないところが短く、短くならなければならないところが長くなっていたそうで、見たとたん「ど~しよう??」と途方にくれたそうです。その後しばらく右サイドの髪に「後遺症」なるものが残ってましたが、二・三回のカットを繰り返し、Kさんのお勧めでトリートメントをして髪を落ち着かせることで何とか切り抜けました。

何しろ私の髪は硬くて太くて量も多くうねりもありでなかなか手ごわいのです。昔はこの髪にずいぶん手こずったものです。朝起きると頭が爆発、二倍くらいに頭が膨らんでいるなんてこともよくありました。特に梅雨の季節は苦労が絶えなかったのですが、縮毛矯正ができてから大分楽になりました。今はKさんにカットしてもらいトリートメントをすると縮毛矯正なしでも髪がおとなしく落ち着いています。ドライヤーで乾かすだけで何もしなくてもちゃんと形が保てます。やはりカットは命です。細くて柔らかい髪にかなりあこがれましたが、Kさんからは「これだけいっぱいあると何でもできる」と言われ最近はこの髪にひそかに自信すら持ち始めました。女性でも年とともに髪は薄くなっていくものらしいので、今となってはむしろこれで良かったかも知れないと思っています。

ちなみにわが家系はみんなこの髪質で、妹も私と同様に毎回いっぱい髪をすいてもらっています。弟も同じのはずだけどいつの頃からか前髪が後退し始め、ネコの額のようなおでこの持ち主だったのが、今ではすっかりおでこの広い人になっています。みんなで「何でだろう?」と首を傾げています。娘は私より素直な髪質だと思うけど量は私より多く縮毛矯正をしています。縮毛矯正の技術は日本人が発明したものだそうですごい技です。どんな縮れ毛でもくせ毛でもまっすぐ素直な髪にしてくれます。ニューヨークでは"Majic"(マジック)とか"Japanese Majic"(ジャパニーズ・マジック)と呼ばれていると聞きました。

さて今朝は主人の髪を私がカットしました。主人の髪は全部あわせても昨日私が切り落としてきた髪よりはるかに少ないくらいであっという間に終わります。ほとんど髪がないのに床屋に行くと普通の人と同じ料金だなんて何か納得いきません。そんなわけで主人は年に一回かせいぜい二回くらいしか床屋には行かず、後は私が家でちょきちょきやっています。私は美容院には一ヶ月半に一度の割合で通いヘアカラーとカットをしてもらっていますが、ある美容師さんからは「よく毎回こんなに切る毛があるものだと思いますねえ」と感心されたくらいです。主人に言わせればそういうわけで二人合わせて何とか収支のバランスが取れているということでしょうか。

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2007年12月17日 (月)

「マリと子犬の物語」

英語サークルの帰りに再びマイカルに直行。「マリと子犬の物語」を見てまいりました。「良かった」の一言に尽きます。犬と子供に役者は食われるというのは本当ですね。あれではかなわないでしょう。犬のマリと子役の彩のすばらしい演技に涙腺がゆるみっぱなし。ローカルな話題でもあり、実話に基づくと言うところが感情移入しやすいのでしょう。かなりの人が入っていましたが、終わってもすぐ立ち上がる人は一人もいませんでした。

これは三年前の中越地震の時の実話を元にした物語ということです。私の家は三条市にあり実質的な被害はありませんでしたが、あの時の恐怖はいまだに忘れられません。被害にあわれた人たち、特にこの映画の舞台となっている山古志村の人たちはどれほど恐い思いをされ、どれほどつらい体験をされたことでしょう。地震のすさまじい様子がスクリーンに再現され、改めて大変なことになっていたのだなあと思いました。この映画の撮影は三条や長岡市内で行われ、娘の出身校の旧校舎体育館はロケ地の一つになっていたそうです。

それにしても映画の最初に映し出される山古志の美しい棚田に目を奪われました。平原綾香さんの主題歌もとても印象的でした。まだまだ大変な状態にあるようですが、山古志の復興を心よりお祈りいたします。

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2007年12月 4日 (火)

「Always 続・三丁目の夕日」

気が滅入ることが昨日から二つも重なりとても落ち込みながら迎えた月曜の朝。心は晴れないけれど、いつものごとく英語サークル目指して新潟へと出かけました。

今週はサークルの後、「Always 続・三丁目の夕日」を見る約束をしていたので、サークル終了後即マイカルに直行。時間がぎりぎりだったので私はチケット売り場に直行し、一緒に行ったサークル仲間のYさんはマクドナルドに二人分の昼食を買いに走りました。が、マックは実は巨大なショッピングモール「イオン」の一方の端っこ、映画館は逆の端っこで三階。Yさんはもう体力の限界にチャレンジかというほど必死に走りまくり、気の毒なほどぜえぜえしながら戻って来ました。そんなにお若くないというのに家に帰ってから大丈夫だったかしら?気の毒なことをしました。

さて、続・三丁目の夕日の時代は、東京タワーができ、新幹線が開通したばかり、もうすぐ東京オリンピックを迎えようとした頃です。私はあの時代をリアルタイムで生きていたので、なつかしい思いでいっぱいでした。誰もがみんな貧しかったあの時代。ご近所が助け合って生きていたあの時代。駄菓子屋、家並み、街並み、風景、テレビ、電話、銭湯・・・まるでタイムスリップしたかのようでした。私は子供だったから、あの時代は「古き良き時代」と心から思えるけど、大人にとっては大変な時代だったのでしょうか。三丁目の人たちもみんな貧しいけど、そんなの当時は当たり前のことでした。その後日本は高度成長時代に突入しますが、当時の日本人は本当にエネルギッシュだったのですね。そして人情にあふれていたのです。

当時を全く知らない若い人たちの心も揺さぶる映画だと思いますが、当時を生きてきた私と同世代の人たちにはさらになつかしさあふれる映画です。第一作目は見ていないので、順序は逆になりましたが、ぜひ近いうちに見なくてはと思いました。

今日はさらに夜テレビでドラマスペシャル「彗星物語」と言うのを見ましたが、これも大いに感動しました。どちらも家族愛、人間愛を描いた作品で涙腺が緩みっぱなしの一日でした。お陰で気分もちょっと晴れたかな。

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2007年12月 2日 (日)

「変身」

以前、読書家の方から頂いた本の中からカフカの「変身」を読んでみました。学生時代に一度読んで、全く意味不明だったんですが、今読んでもやっぱり意味不明です。

なぜ主人公はある日巨大な虫に変身していたのか。勝手に解釈しろということなんでしょうが、虫に変身した主人公が哀れにも朽ち果てていく過程は不条理で切ない。しかも父親に投げつけられたりんごが甲にめり込んでそれが原因でやがて死ぬなんてあまりに気の毒ではないか。そんなわけで、何だか悲しい話に最近ちょっぴり不幸な気分の私でした。

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2007年11月24日 (土)

「ジーキル博士とハイド氏」と「ビリー・ミリガン」

私のかつての英会話の生徒さんで大変な読書家の方がいるのですが、その方が一年ほど前にもう読まなくなったからと紙袋いっぱいの本を下さいました。その中の一冊が「ジーキル博士とハイド氏」でした。私が初めてこの本を読んだのは多分中学生の頃だったと思いますが、非常に興味深くもあり怖くもあり衝撃的でもあったということを覚えています。

「ジキルとハイド」と言えば二重人格の代名詞のように使われているので、誰でもある程度内容は知っていると思います。決して楽しい内容ではなく、むしろ気分が沈みそうな本なのでもらった本の中に混じっているのを見ても全然読む気はなかった。にも関わらず、先日チラッと冒頭を立ち読みしたところ(自宅で立ち読みと言うのも変ですが)あっという間に引き込まれ、いつの間にか完読していました。

人の心の中に存在する二つの顔。誰でも少なからず自分の中のジキルとハイドを感じているからこそ、この小説は恐ろしくまた興味深いのではないかと思います。

1886年に書かれたとありますが、時の試練を経ても読み継がれる名作だと思います。翻訳バージョンで読みましたが、原文とも比較してみたい気がします。原文自体がこのように古めかしく勿体ぶっているのか、または翻訳調の文体が一種独特の雰囲気をかもし出しているのか、日本語の文体にも独特の魅力がありました。

私としてはこの手の読み物は気分が滅入りそうで読みたくないと思う反面、抵抗しがたい魅力もあるようです。二重人格と言うと思い出すのは「24人のビリー・ミリガン」。三年ほど前に原文で426ページにも渡るペーパーバック "The minds of Billy Milligan" を読みました。実際に存在した多重人格者の記録です。その時の私のレビューには次のように書いてあります。

「これは実話で作者の Daniel Keys がビリー・ミリガンに何百回も面会を重ね、また多数の関係者と会い忠実に真実のみを記したものです。自分も含めて24人の人格が一人の人間の中に存在していて、一人一人の人格は性格も才能も知能指数も国籍や性別や年齢さえも違っている。1年ほど前だと思いますが、テレビでビリーを取り上げた番組を見たことがあり、異なる人格がスポットに現れ意識を持つ様子を映した実際のビデオを見ていて、なぜこういうことが起こるのか不思議でさらに興味を掻き立てられました。彼の場合子供のときに継父に虐待を受けたことで、もはや自分が自分でいたくなったということが大きなきっかけのようです。
 
これはかなりまれなケースだと思いますが、きっと人は誰でも自分の中に全く異なる自分、相反する要素や性格が存在するのではないかと思います。また、社会に適応していくため、自己防衛のために本来の自分ではない自分を作り上げていくものだと思います。
(中略) 
とにかく厚くて字が細かくて根性の要る本ですが、読むだけの価値はあります。常識では考えられないような話だけど、実話であるだけに迫力があり圧倒されます。人の心の不思議さ奥深さに驚嘆せずにはいられません。」

驚嘆というのは適切な言葉かどうかわかりませんが、圧倒されます。「ビリー・ミリガン」より「ジキルとハイド」の方が手軽に読め、楽しめるものになっています。読者を引き込ませるテクニックがあると思います。「ジキルとハイド」を読み終わった昨日の夜は、何だかこわい夢を見たようです。心理小説のジャンルに分けたいものですが、ホラー小説の類かも知れないですね。

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2007年11月22日 (木)

冬支度

Choko


日曜日からすっかり冬型になり本当に寒い!!タイヤ交換は今週末に息子がやってくれることになっていますが、その前にあんまり雪が降らないことを祈っています。以前はタイヤくらい自分で換えられないと困るだろうと説教されたりしたものだけど、今はすっかりあきらめたらしくて時期が来ると自動的にやってくれています。

今日は晴れて陽がさしていたのでチョコ(チワワ)にアノラックを着せて散歩に出たけど、出てすぐに白いものがちらつき始めました。寒がりで昼間はこたつにもぐりこみ夜はふとんにぬくぬくと寝ているのですが、散歩となると話は別。寒風をものともせず大喜びで飛び出していきます。それにしても半端じゃない寒さで、いつもの半分くらいのコースにして帰ってきました。チョコのアノラックも新調した方かいいかな?

その後買い物に出かけ、分厚いボアの敷毛布を買ってきました。奮発して西川の一番高いのを買ってきました。遠赤外線効果でぽかぽか暖かいと書いてあります。人生の三分の一は寝てるんだものね。主人用に買ってきたんだけど、寝心地が良いようなら自分の分も買ってこようっと。

昨年もその前も欲しいと思いながら買わないでいたダウンジャケットを先日買いました。白いショート丈でフードにはふわふわした真っ白いファーがついてます。ダウンは良いものはすごく高いけど、これは割合手ごろな値段。勿論高いには高いなりの理由があるとは思うんですけどね。一目惚れして、早速試着。もともと白は大好きな色なんだけど、真冬の白は白うさぎのようにかわいくなる。(ちょっと老けた白うさぎかな?)お店の人たちも「かわいい!」「よくお似合いです!」と持ち上げてくれたのですっかりその気になりとうとう買いました。現物はなくなるといけないので先に買っちゃったけど、実はこれは娘からの誕生日プレゼントにしてもらうことになってます。散歩には汚れそうで勿体なくて別のを着て行きましたが、今日買い物に行く時に初めて着てみました。やっぱりさすがに暖かいです。

私はすでに電気敷布をして寝てますが、足だけはどうしても冷えるのでオルビスの「シルク暖かソックス」というおやすみ用の靴下を履いて寝ています。冷え性の人にはすごくお勧めです。これだと足がぽかぽかします。昨年冷え性の友達にプレゼントしてとても喜ばれました。彼女はこんな暖かい靴下は始めてだと言って何と昼間も履いていました。私は昼間はオルビスの「サポートソックス」を履いてますが、これもすごく暖かいです。今年も一足二足買い足そうと思っています。ちなみにオルビスは通販化粧品会社で、私は基礎化粧品はここのを長年愛用しています。

いよいよ寒い寒い冬の到来です。私は12月生まれだけど寒いのは本当に苦手。今日は入浴剤も買ってきたので、ゆっくり温まって寝ます。体を暖かくしておくのが美容と健康への鍵ですから。

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2007年11月15日 (木)

一生の不覚その2

昨日の「あり得ない寝坊」でよみがえるのは5年前の記憶。

2002年にタイ旅行に行った時のことです。新潟空港から飛行機に乗ることになっていました。以前の旅行記を見ると「出発当日、朝4時に目覚ましをかけておいたのに、気が付くと6時5分。顔も洗わず荷物を引っつかんで猛然とダッシュ。6時35分の高速バスに転がるようにして乗り込んだ。早朝だから間に合ったものの、危ないとこだった。ホント、間に合って良かった!!」と書いてあります。高速のバス停までは家から車で昼間なら20分、混んでいる時ならもっとかかるでしょう。

やっぱり朝お風呂に入ってシャンプーをするつもりで、早すぎる時間に目覚ましをかけたのが大間違いだったのです。新潟空港までの高速バスはそれ一本しかなかったし、一緒に行く友達は私より一つ前のバス停から乗ることになっていたので、万一私がそのバスに間に合わなかったら、友達の方もさぞパニックを起こしていたことでしょう。誰かに空港まで車で送ってもらうという選択肢はあったけど、当時、その友達は携帯を持っていなかったので連絡のつけようがありませんでした。

昨日の朝もパニック状態で悲鳴をあげながら相当どたばた走り回っていたらしく、息子からいったい何をあんなに大騒ぎしてたのかと後から聞かれたけど、5年前も頭の中は真っ白。やっぱり悲鳴を上げながら家の中を走り回りました。幸いなことにこの時は着るべき服と持つべきバックは枕元に並べ、スーツケースは夜のうちに玄関に置いてあったので滑り込みセーフだったのです。海外旅行に行くのにこのどたばたはあり得ないでしょう。本当によくぞ間に合ったって感じです。

もう一つの「あり得ない寝坊事件」でした。

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2007年11月14日 (水)

一生の不覚

Nakanotei Momijien2 Momijien


今朝、携帯電話の着信音で目が覚めた。あっと思って飛び起き発信者を見て、顔面蒼白、パニック状態。え、どうして、どうして、どうして??だって、だって、5時15分に目覚ましをかけていたのに!!!うっそー、あり得ない!・・・一瞬頭の中が真っ白になる。時間を見ると7時16分。

今日は朝7時20分にお迎えが来て、某会社に通訳に行くことになっていたのです。仕事なのに、こんなにダイナミックに寝坊をするなんてあり得ない!自分で自分が信じられない。迎えが来なかったとしたら、いつまで寝ていただろうかと思うと、想像するだにおそろしい。

昨日の午後(弥彦の「もみじ谷」を散策している最中に)電話が来て急に決まった仕事で、しかも昨日は夜10時までレッスンが入っていたので準備の時間が足りませんでした。夜1時頃まで資料を見て、専門用語を拾って調べましたが、眠くて頭も働かずあきらめて1時に寝ました。

朝、お風呂に入り、予習ができるようにと5時15分に携帯のアラームをかけたのだけど、どうやらこれはあまりに早すぎたみたいです。しかもよく眠れるようにとごていねいに睡眠薬まで飲んで寝たのだけど、これもまずかった。3,4時間で効果は切れるはずなんだけど、5時に実際にベルが鳴ったのかどうかもわかりません。

慌てて飛び起き、たんすの中をひっくり返して服を探して着替え、顔はぬらした程度、歯磨きは練り歯磨きをなすりつけた程度、化粧品を全部紙袋に詰め込んで水も飲まず(食わずは当たり前だけど)10分くらいで車の中へ。ぱにくりながら、助手席で、せっせとお化粧をして、資料に目を通す。迎えに来てくれたKさんに道を聞かれたけれど方向音痴の私にわかるはずもない。第一自分のことで精一杯でそれどころじゃない。しばらくして気づくとKさんが運転席でパニックを起こしている。途中から協力し、地図を見て一緒に考える。

ほうほうの体で目的地にたどり着いたのは8時10分。10分の遅刻でした。私は確かに寝坊して待たせたけど、道に迷わなければ充分余裕で着いたはず・・・内心「場所くらい事前に確認しといてよ」と、自分のことは棚に上げ思う私。怒られるかと思ったら、依頼主は意外に優しい方で、「全然大丈夫ですよ」と言って下さいました。二人して胸をなでおろす!心配していた専門用語はほとんどなく、事なきを得ました。今週土曜もう一度同じ時間、同じ場所、同じ仕事をすることになってます。今日が良い予習になったので、今日不備だったと思われるところを準備しなおすつもりです。今度は自分の車で行かなくてはならないので、目覚まし二つ体制だ。それからKさんもモーニングコールをくれるそうです。(すっかり信用をなくしております。そりゃそうだ。)

家に帰ったのは10時半頃。やっとお茶を飲み一息つき、遅い朝食を取り、その後新津にある中野邸の「もみじ園」に行って来ました。ばたばたしてるんだか、余裕があるんだか意味不明な生活です。昨日は「弥彦公園もみじ谷」の息を呑むような美しい紅葉を鑑賞してきましたが、中野邸の「もみじ園」もさらに美しく思わず感嘆の声が漏れました。中野邸に入りお座敷に座って庭を見ると、心が落ち着いてくるようです。

昨日弥彦公園に行ったとき、一緒に行った友達が「こんなにきれいな弥彦公園の近くに住みたいとずっと思っていた」と言ったけど、毎日こんなに美しい紅葉を見て生活したらどんなに心に余裕が生まれることでしょう。見慣れるかな?写真は中野邸入り口付近と、もみじ園で撮ったものです。

家に帰ってふと携帯のアラームを見たら、何と11月13日(火)5:15にセットされていました。それって、昨日じゃないですか!!

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2007年11月11日 (日)

メガネ

Rainbow1 Rainbow2


今日はずっと買わなくてはと思っていたメガネを買いに出かけました。大昔に買ったものがあるにはあるのですが、レンズが厚く重く、端っこもかけているし、それに車の運転席に置いたままにして踏みつぶしたことも何度もあったりで形もゆがんでいます。

夜運転する時とか、たまにテレビを見る時に使っているから必要だけど、用事が足せないほどではないし、安いものでもないし、なかなか買い換えられなかったのです。それに私はメガネが全然似合わない。

メガネが全く似合わないと思っている私は、どんなものを買えばいいのか分からず、一人で行っても絶対に決められないという自信があるので、娘についてきてもらいました。

まず「メガネスーパー」へ。しかしどれをかけても変な顔(もともと変かも知れないけど)、やっぱりどれがいいのか分からない。2軒目「フジタメガネ」。お腹が空いたので、一時休戦して、お昼を食べた後、「眼鏡市場」そして「弐万円堂」へ。そこで最初に試したメガネがどんなだったか忘れたので、別の「メガネスーパー」へと全部で5つもの店をはしごしました。

私は実はもう1軒目でいやになりやる気をなくしているのだけど、娘が私より熱心に探してくれて、「これかけて」「今度はこれ」「次はこれ」「こっち向いて」「あっち向いて」と次々に持ってくる。私は着せ替え人形のようにかけてははずし、はずしてはかけ、右を向いたり左を向いたり、すっかり自分で選ぶのを放棄している状態。しかしそうやっていろいろ試しているうちにメガネの顔に慣れてきたのかどれもそれなりに悪くはないような気がしてきました。

結局、「弐万円堂」のメガネを買うことにして、フレームだけを決めてきました。最後に残った候補三つを店員さんに見てもらい、一番良いと彼女が言ったのがやっぱり一番良く見えてきたのでそれにしました。(荒川静香の「イナバウワー」も最後に候補に残った一つだったけど、残念ながら選にもれました。)フレームを決めてきただけなので、明日視力検査などに行かなくてはなりません。時間切れになってしまったのです。あれほどやる気が失せていたのに一旦決めてしまうと現金なもので、一日でも一刻でも早くほしくなってくる。「1週間もかかるのか~、早くできてこないかなあ~」と今度は急に待ちきれない状態。まだお金も払ってないんですけどね。

それにしても娘はありがたい。自分のことでもないのに本人よりがんばって探してくれて偉い!私なんか人のこととなると「良いんじゃないの?」とか「それも良い」「これも良い」と適当なことばかり言ってあまり親身になれない。全く究極の自己中です。娘がいなかったら多分あのひん曲がったメガネを一生使っていたことでしょう。

お礼にお昼は私のおごりです。家の近くの「リトル・タウン」と言うところにある「レインボーカフェ」で食事。ウィークデーのお昼は主婦がよく来ています。おいしくて健康的だし、値段も手ごろだし、おしゃれです。

☆左の写真はヘルシーランチセット。娘の食べたランチ。デザートだけは二人で分けました。食べ始めてから思いついて写真を撮ったので、ハンバーグがかけてます。

豆腐ハンバーグ、カクテルサラダ、アボガド・合鴨・カニカマのグラタン、大根のアジアンサラダ、雑穀米
それにデザート三種「さつまいものレアチーズケーキ、りんごのキャラメリーゼ、バニラアイス」
そして、コーヒー又は紅茶が選べます。値段は1200円。これはちょっと高めです。

☆右の写真はレインボー丼、こちらは私が食べました。

アボガド・合鴨・カニカマのマヨネーズ和え、サラダ、雑穀米
それにドリンクがいろいろ選べます。値段は750円。プラス250円でデザートが選べます。

すごくおいしくて大満足です。


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2007年11月 9日 (金)

眠りにつくまでの楽しみ

Paperback


眠りにつくまでの楽しみは読書。ぬくぬくした毛布とふとんに包まり、スタンドの明かりをつけ気に入った本を読んだり、雑誌を見たりして過ごすひと時が、一日の中で私が何より大好きな時間です。そのうちうとうとし始めたら明かりを消してそのまま眠りの中へ・・・zzz・・・なんて幸せなんでしょう!

現在2冊の本を並行して読んでいます。まず1冊目は英語の本です。

先月初めに届いた4冊のペーパーバックの中の1冊(今回は右端の本以外、全てラブストーリーをチョイス)。届いた時に撮ったので隠れてしまってますが、今読んでいるのは右から2番目の "something borrowed" という本です。内容は大雑把に言うと女の子なら誰しもあこがれるような少女漫画みたいな小説です。何しろ表紙までピンクですから、ロマンチックなことこの上なし。字が細かくて大判ですが、ヒロインになりきって読むので、今の私は完全に「恋する乙女」状態。

英語はやさしいですが、日本語を読むよりはペースが落ちるし、何しろ分厚い小説でもあり、話の展開がスローでもあるので、せっかちな私はついに待ちきれず、昨夜、先に後ろの方の結末をほぼ全部読んでしまいました。これで楽しみが半減するか? いいえ、これで安心してゆっくり読むことができます。また最後を先に読むといくつも張られている伏線もよく分かりつながりが良くなるし、むしろ楽しみが倍増する気がします。私は日本語の小説でも漫画でもよくこれをやってしまうんです。

寝る前に読む本は楽しみのためのものなので、英語の勉強をするつもりで読んではいませんが、確かに速読の力はこの寝る前読書で培われている気がします。昔は体を起こしてまじめな体勢で読んでましたから。しかしまだ日本語を読む速度には追いついていません。

2冊目。「フランスにはなぜ恋愛スキャンダルがないのか?」という本。以前ブログに書きましたが、サルコジ大統領の離婚の一件以来、フランス人の恋愛に対する考え方に興味を持ちこの本をネットで見つけて買いました。古本で何と値段は1円でしたが、送料が350円かそこらかかりました。実はこちらの本の方が1冊目よりずっと頭を使うのです。フランスの歴史が語られていて、理論的、歴史的な考察がなされているからです。歴史が苦手な私はしっかり読まないとついていけなくなってしまいます。大学の授業を受けている気分です。よく見ると東大教授が書いたものではないですか!ベッドサイドストーリーとしてはあまりふさわしくなかったかな。

後は雑誌を枕元に何冊かバーンと積み上げてあります。今気に入って見ているのは通販雑誌。「ベルメゾン」「イマージュ」「ir」(イマージュの姉バージョン)等。本当は後の2冊は完全に若い人向けの物ですが、気に入った洋服を見つけると実際に買い物に行った気分でどれにしようかと迷いながらチェック。ほとんどチェックだけして買わないことが多いんですけどね。

こうやって夜、眠りにつくまでの時間がどんどん長くなっていきます。ああ残念、もう眠くて無理・・・とあきらめて眠るまでのこの時間が私の至福の時です。

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2007年11月 5日 (月)

どぶ転落事件その2

昨日、どぶに落ちた私を見て笑いながら帰って行った友人から今日電話がきました。「ごめんね、笑っちゃって。大丈夫だった?」と。昨夜「笑いをこらえているのが分かる」と書いたけど、あれは全くの間違いでした。冷静に考えてみると確かに彼女はおおっぴらに笑い転げてました。ごめんね・・・と言いつつ「だって、ふと振り向いたら、いきなりいなくなってるんだもの・・・ク、ク、ク」とまだ笑ってる。実は手を数箇所擦りむいただけではなく、体のあちこちを打撲していて歩くとちょっと痛い。

今日毎週月曜恒例の英語サークルに行ったら、何と、メンバーのK子さんが「私もどぶに落ちた」と言うではないですか!時間的には彼女の方が先で、負傷箇所はあご。綺麗な人なのに、あごをブロックで思いっきり擦ったみたいです。

それにしても、何故か我サークルのメンバーはそそっかしい人が揃っています。Yさんは英語の他に7ヶ国語を勉強中です。すべてNHKラジオ語学講座で勉強しています。英語の番組も3つ聞いているので全部で10冊の本を買うのですが、一軒の本屋で全部揃わなくて別の本屋に行き、足りないものだけ買ったつもりが、今月号は間違えて英語のテキスト1冊と、ロシア語1冊を余分に買ってしまった。おかげで今日私は全然必要のないロシア語のテキスト11月号を押し付けられました。勿論ただでもらったんだけど、私、ホントに心から要らないんですけど~。

「英語やってる人ってみんなそそっかしいんだよね」とK子さんが今日、自信たっぷりに私に言ったけど、私、それ、絶対に違うと思います!

K子さんの最強のエピソードは、人のブーツ(それもロングブーツ)を履いて大阪まで行っちゃったこと。新潟空港の搭乗手続きの際のセキュリティチェックで、ブーツを脱がされてるにもかかわらず全然気づかない。もうすぐ出発という時になって、間違ってブーツを持っていかれた人から電話があったけど、時すでに遅し。実は彼女の足のサイズの方が若干大きかったらしく、痛い思いをしながら大阪の街を歩き回り、多分一回りサイズを大きくして帰ってきたことと思います。

私たちは時々、この中で誰が一番ドジかという話で盛り上がり、一位の座をお互いに謙虚に譲り合っています。人の失敗談を聞いては「ああ、良かった、私だけじゃないぞ」と何だか妙に安心したり、自信をつけたりしている私です。

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2007年11月 4日 (日)

どぶ転落事件

今日、家の前にあるどぶに落っこちました。どぶに落ちたと言うより、気分的には落とし穴にはまったという感じです。

夕方友人が実家の畑から掘り起こしてきたばかりの野菜を持ってきてくれました。時間は6時頃で外はもう真っ暗。ガレージの前に車を止め野菜をおろしてくれた友人が、手を洗いたいと言うので、家の前の水道の所へ一緒に行き、車に戻ろうと数歩歩いたところでいきなり転落。蓋のある部分とない部分があって、結構深さのあるどぶです。「えっ!」と一瞬何が起こったのかわけがわからない状態。どうやら右足だけがはまったらしく、履いていた右サンダルは今現在も排水溝の中。靴下とジーンズはびしょ濡れで泥んこ。

慌ててどぶから這い上がる私を見て、「捻挫してない?」と友達と、一緒に来たご主人は言いながら笑いをこらえているのがわかる。「大丈夫、怪我はないから」と言って家に戻ってお風呂でジーンズを脱ぎふと見ると、右手の手のひらの下のふくらみの部分の皮膚が真っ赤にべろっとむけ、右手小指等、あちこち擦り傷だらけです。時間が経つにつれ、体のあっちもこっちも痛くなってきました。

我ながら情けない話です。また当分バンドエイドが手放せません。と言うより、バンドエイドなしでは私は生きていけそうにありません。とほっ。

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2007年10月27日 (土)

だらだらと

Totoya Totoya2


数日前に急ぎの翻訳の依頼が来て、今日はやっとそれが終わったので、まるでテストが終わった直後の学生気分で、自由を満喫し、堂々とだらけています。

二日間ほどは半徹をし・・・と言っても明け方になると寝るわけですが、私はせっかちなので早く終わらせたくてつい半徹になってしまうのです。昔はホントの徹夜でしたが、今はその一歩手前でやめます。昼間もレッスンのある時以外の空き時間は全て投入したので家の中はぐっちゃぐちゃ。だけど、仕事を一つ片付けたことで自分に立派な言い訳ができたので、ここぞとばかりに大威張りで(威張る相手は自分だけですが)、ぐちゃぐちゃはほったらかしにして、洋服のカタログを見たり、本を読んだりネット見たりしながらたらたらと過ごしています。

「完成する仕事」というのはなかなか良いものです。終わった時の開放感が醍醐味です。形として残るものならさらに良い。家事のようにやってもまた湧いてくるのは達成感があまり持てません。教室でのレッスンも毎日、毎週、毎月延々と繰り返されるもので、はっきりした形での完成がありません。 (私は英語と数学の教室をやっています。)

今日は久しぶりに主人と遅い昼食を食べに出かけました。燕にある「ととや」という主人のお気に入りの場所です。私はジャンボ伊勢海老のフライを食べましたが、注文を受けてから〆て作りますというところに惹かれました。これは2300円でした。ぷりぷりしておいしかったです。

ととやの前で小さい秋を見つけました。

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2007年10月19日 (金)

フランス人の恋愛

今朝フランスのサルコジ大統領が離婚したと言うニュースをテレビで見ました。

サルコジ氏にも婦人のセシリアさんにも華々しい過去の恋愛のエピソードがいっぱいあるようです。フランス人は恋愛や結婚についてかなり自由な考え方をしているのだなあと改めて感じました。

何しろ結婚のいきさつも、「セシリアさんと昔の夫の結婚式」でサルコジ氏が彼女に一目惚れしたのが始まりだったらしいです。「結婚式で花嫁を見初めてどうする!!」て言いたくなっちゃいます。ちなみに日本では最近は結婚式は年頃の男女にとっては「最大の合コンパーティ」と認識されていて、友達の結婚式に出る時はかなり気合が入ります。勿論花嫁や花婿が目当てではなく、その友達です。

大統領の離婚について、フランスの世論は特に政治にとっては重要な出来事ではないとしているようです。フランスでは離婚率が大変高いと聞いています。大分前に読んだのですがある雑誌の対談で、「フランス人はたぶん仮面夫婦を続けてまで結婚という形態を守ろうと思っていない。結婚していても恋をしたら一直線、目と目が合った瞬間恋が始まる。結婚していてもしていなくても関係なし。(心の中で今「そんなの関係な~い!」とお笑いタレントのギャグをついやっちゃいました。)夫も妻にはきれいでいて欲しい、オンナでいて欲しいと思っているようであり、逆もその通り。」と言う趣旨のことが書いてありました。妻の座、夫の座なんて安閑としていられないわけです。

自由ではあるがその分不安定な関係です。自由の代償は自らが引き受けなくてはなりません。自由は自分をしっかり持ち自立した人であってこそ謳歌できるものなのです。

話は変りますが、日本では「若ければ良い」という傾向が強いですが、フランスは年を重ねれば重ねるほど楽しい街であり、大人の女性が堂々と人生を謳歌しているのだそうです。大人の女性が評価される街だそうで、それは成熟した社会のように思えます。

2年前にフランスに旅行した時にすてきな年配の女性や男性、カップルをたくさん見かけました。あんなふうに年齢を重ねられるなら年取るのも悪くないなと思えました。私もフランス流に楽しくすてきに年が取れるように「大人の女性」を目指さなくては!そして日本もちゃんと大人の女性が評価されるようになると良いですね。

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2007年10月18日 (木)

秋晴れの一日

Sky Choko


今日はさわやかな秋晴れの一日でした。これまでは夕方にしていた犬の散歩を今日は昼間の2時頃、陽がさして心地よいそよ風が吹く中を行って来ました。これからの季節は日中に歩くのが良さそうです。

スポーツは苦手だし、普段どこに行くのにも車で生活しているので、犬の散歩が唯一の貴重な運動の時間です。と言っても散歩させているのはチワワ。確かにチワワだけど普通のチワワより大きい。全然か弱そうには見えないし、ぶるぶる震えていたりもしません。チワワの体重は普通3キロくらいで、3,5キロあるとデカチワワと呼ばれるみたいだけど、家のチワワは4キロもあって、見るからに頑丈そうです。

赤ちゃんの時は他の子より小ぶりで全然大きくなりそうな気配はなかったんだけど・・・どうしてなんでしょう??そして30分歩いても全然へばりません。すごく元気です。前に飼っていた12キロある先代わんこと同じ散歩コースをこなしています。違うのは散歩は一日一回だけにしていることと、雨や雪が降ったらお休みすること。外の様子をガラス窓越しに見せながら「ほらね、チワワには無理な天気だよ」と説得し、何とか納得してもらっています。雪や雨が降るたびこの会話(?)を繰り返しているので息子に笑われたことがあります。

さて、ただただブルーなだけの写真は今日の空。雲一つないあくまでも真っ青な空を携帯で撮りました。ちょっと能がなかったかな。翌日は雨でぐっと気温が下がります。秋は気温も天気も変わりやすいので健康には十分気をつけて過ごしたいと思います。

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傷だらけの人生?

今日、あの砥ぎたての包丁で盛大に指を切ってしまいました。本当に何てそそっかしいのでしょう。

今回は茹でたばかりの栗を包丁で半分に割ろうとしてぐっと力を入れたところで、不安定な栗が動いたのか包丁が動いたのか「ぐにゆっ」となったところで「グサッ」。その後家中に響き渡る悲鳴・・・ぎゃあぁぁあぁぁ~!

左手人差し指の爪と指本体にかけて斜めの傷跡が見えたけど、怖くて傷の程度もどんなものかしっかり見ることはできません。一応ちゃんと動くので神経は大丈夫、医者に行くほどではないと判断し、急いでバンドエイドで縛って手当て。先日折りたたみ式の椅子の金具に右手人差し指を挟んだ傷がやっと癒えたと思ったらまた新たな傷。しょっちゅう傷だらけです。

ところでこういう指を切るような話は聞いただけで痛みが走ります。人からそういう話を再現されると自分は怪我をしていなくても実際に痛い。この感覚は誰にでも起きるものだと思っていたら「別に痛くないけど・・・」と言う人がいてびっくりしましたが、この人が普通と違っているんでしょうか?

さて、食材と一緒に爪を切ってしまうことはたまにあるけど(それはたいしたことはありません、だって爪だけですから。)、こういう通常じゃない失敗もよく私には起きるのです。ただし一回やった失敗は二度とは繰り返しません!・・・以前胸を張ってこのように言ったところ「そもそもそういう間違いは普通しないのではないか」と言われたことがあります。

その時はフードプロセッサで小麦粉とバターを粉砕し牛乳と混ぜてスコーンを作ろうとしていた時のことでした。良い感じに混ざったので、まな板の上にできたタネをのせ思いっきりこねたところ、フードプロセッサの刃を抜くのを忘れていたのです。まな板にのせたところで電話がかかってきたので抜いてないのを忘れていたのです。体重をかけるようにして思いっきり上からこねたのでチタンの鋭くしかも湾曲した刃がぐっさり。その後応急手当をして片手だけでスコーンを作り終えましたが、ずいぶん経った今でも傷跡が一部残っています。それ以後フードプロセッサを使うときは刃に神経質なほど気をつけています。

刃物だけではなく椅子から降りるときに着地に失敗して足(脚ではなく足の方です。英語だと leg ではなく foot )の骨を折ったりしたけど、それからは椅子から降りるときは細心の注意を払っています。同じ間違いは繰り返しません!しかし翌年には同じ足をテーブルに強打し指を骨折してしまったと言う情けない話もあります。

身の危険を伴わない失敗は日常茶飯事。大抵は笑い話のような、普通にはあり得ないことが私には起こるので娘からは格好の話のネタにされています。

私は知らない人にはしっかりして見えるらしいので(?)、見た目と実際のギャップにびっくりされることもよくあります。びっくりと言うよりあきれられると言う方が正解かも知れません。いや、唖然とされるかな。もう少し落ち着いて気をつけて行動しなければと今日改めて思った次第です。

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2007年10月 7日 (日)

外国映画の吹き替え

10月から朝の報道番組「特ダネ」の金曜日のコメンテーターに「友近」が出ているのを発見しました!

以前から友近はおもしろいと思っていましたが、最近「徹子の部屋」に「友近となだぎ」がゲストに出ていて「ディラン&キャサリン」のネタを披露しているのを見て以来すっかりファンになりました。

外国映画の吹き替えの声には芝居がかったような一種独特の不思議な感じがありますが、友近によればしゃべる前に「はっ」と息を吸い込むとそれっぽくなるらしいです。私もその場で真似してみましたが、確かに何となくそれっぽくなる気がします。それと日本人だったら言いそうにないような大袈裟で不自然な言い回し。これは翻訳に問題があるのかも知れないですが、それが逆に一種独特の雰囲気をかもし出しているのでおもしろいと思います。それを真似てネタにした友近は、目(耳)の付け所が違う。観察眼(耳)があるのでしょうね。

翻訳の良し悪しは私が偉そうなことを言える立場ではありませんが、英語(またはその他の言語もそうですが)を日本語にした時の不自然な感じや違和感というのは、まさに英語と日本語の言語の差と言うか、英語と日本語の考え方の違いを表していると思うので、英語をやっている私としては本当におもしろく、興味深いものがあります。

ついでながら、英語の学習者には英語を訳す場合は自然な日本語になるように訳すというのは大切なことですが、テキストなどで既にこなれた日本語訳にされているものを、原文を見ながら直訳体にしてみるのも良い学習方法だと思います。これにより英語の考え方が身につくと思います。

ところで友近の話に戻りますが、女性でお笑いと言うと「女を捨てなくてはできない」というところがあるように思いますが、彼女は女性らしさを保ったままでちゃんとお笑いが成立している貴重な存在だと思います。友近さん、がんばってね。

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2007年10月 6日 (土)

風邪

久しぶりに風邪でダウンしました。前日からちょっと怪しかったのですが、昨日の朝は喉の痛みプラス鼻水と共に目覚めました。

午前1時間、午後1時間、夕方1時間のレッスンを終えた後、だんだん体を起こしているのもつらくなり、夜のレッスンはキャンセル。熱を計ってみたら38.9度ありました。体温計の数字を見てますます具合が悪くなりました。

先日読んだ "The Door into Summer" (夏への扉)というSF小説の中では、21世紀には風邪はなくなっているはずなのになあ・・・医学は日進月歩のはずだけど、こんなに一般的で単純そう(に見える)病気の特効薬がないなんて意外と医学の進歩は遅いのかもしれません。

子供の頃、風邪をひくと父に叱られました。精神がたるんでいるからだと。父は風邪どころか病気らしい病気はしたこともないという超人(?)なので、一般人の感覚とはちょっとずれているかもしれません。が、確かに緊張感がなかったり油断している時に風邪に隙をつかれる気がします。

父とは逆に母は私が風邪をひくと、急に優しくなりました。今は誰も見向きもしないかもしれないですが、みかんの缶詰を食べさせてくれたり、りんごをすりおろしてくれたりして、それがうれしかった記憶があります。すりおろしたりんごなんて本当になつかしいです。今はそんな食べ方ってしなくなりましたね。きっと他においしいものがいっぱいあるからでしょうね。

今朝起きたら熱は下がっていましたが、胃の具合が悪く、腰が痛い。寝すぎたからでしょうか、風邪のせいでしょうか。

寒さには弱い私、これからの季節は体を冷やさないように、油断しないように、健康に気をつけて過ごしたいと思います。

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2007年10月 3日 (水)

クローズド・ノート

Notebook


映画「クローズド・ノート」を見て来ました。水曜はレディースデイで割引があるのです。思い立ったら吉日と言うわけで決めた直後に一人で行ってきました。(思い付きから行動まで時間がほとんどなかったからです。)

映画に関しては、全く予備知識なく出かけて行ったのですが、ストーリーが最初から割と簡単に読めてしまい、予想通りの展開になりました。意外性を狙っていたとしたら、狙い通りにはなっていません。でも、雰囲気のある、しっとりした良い映画だと思います。2006年、2007年が舞台ですが、レトロな雰囲気が漂い時々時代を錯覚しました。「私ではだめですか?」と、切ない恋心を演じるエリカはやっぱりすごーくかわいかったです。もらい泣きするシーンもたくさんありました。

「出逢い」というのもキーワードになっていたと思います。エリカ演じる香恵が「出逢ってしまったんです、すれちがったのではなく・・・」と言います。出逢いは意識して初めて出会いになるのだと。人との出逢いであれ、風景であれ、本であれ、チャンスであれ、人生とは全てそういうものではないでしょうか。何度もすれ違っていても一生気づかず終わってしまうこともあるでしょう。

ところで彼女の舞台あいさつでの態度の悪さが話題になっていますが、その舞台あいさつ直前のインタビューを見ました。「特ダネ」の笠井さんによるもので、今朝になって放送されました。このインタビューを見る限り、沢尻エリカは才能と魅力にあふれたすてきな人だと思いました。

映画の話となるとプロを感じさせます。「女優」と言われるのは好きではなく、自分は「表現者」であり、役を演じるのではなく「役を生きていく」という捉え方をしていると話していました。

自分を偽りたくない、偽ってまで笑顔を作りたくない、自由でいたい。自分の気持ちを大切にし、思ったことをやりたい、そこには責任も伴うとも言っていました。またそのためにいろいろ書かれたりたたかれたりもするわけですが、「私に何パーセントでも非があるからそう書かれているのだと思います。でも、別に構わないです。」とも。

実は沢尻エリカは大分前からブレイクしていたようですが、私、その辺は疎いので全然知りませんでした。私が初めて彼女のことを知ったのはカネボウ「サラ」(シャンプー)のCMでです。
初めて見た時「こんなきれいな人がこの世にいるのか?」とそのCMに釘付けになりました。このCMの彼女は「清楚、可憐、無垢、ピュア」そのもので、まるでこの世に降り立った天使のようです。他のCMにもたくさん出ていることも後で知ったのですが、イメージが全然違うので結びついていませんでした。その後、ネットでも調べ、テレビのトーク番組に出ているのもよく見るようになりました。 サラのCMはこちらから。


「お嬢様風」が好きな私としてはサラのCMのイメージとあまりに違う、世間で言う「生意気な」キャラに驚きもし、そのギャップがなかなか埋まりにくかったのですが、CMのイメージとはまた別の魅力も感じていました。「人に媚びない」「自分を偽らない」というところに共感もします。

舞台あいさつの場でのあの態度は確かによろしくなかったと思うけど、何か理由があったのでしょうか。せっかく良い映画なのにその点がどうしても残念だなあと思います。写真は全てがここから始まると言う「ノート」です。

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2007年9月28日 (金)

時計その4

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以前書いた「時計その1」 「時計その2」 「時計その3」のその後です。9月半ばの連休に実家に帰省した時に妹と私はお揃いの時計で再会。すぐ乗りやすい二人はここで記念の写真撮影しました。文字盤はピンクのパールパウダー。セイコーのワイアードエフシリーズです。

本当にかわいくって、毎日この時計をするたび幸せ気分です。何て安上がりにできてるんでしょう、私達姉妹って。実は前にも書いたけどお値段もかわいいのです。

好きなものに囲まれ、好きなものを身に着けているとしぐさも歩き方も全てがすてきに変われると私は信じています。着物を着ると誰でも身のこなしが優雅でおしとやかになるでしょう?もちろん中身も大切だけど、形があると自然とそのようになると思います。この時計をしているだけで気分はアップ。だから私はいつも大好きなものに囲まれ大好きなものを身に着けていたいと思っています。

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2007年9月23日 (日)

コスモス

Cosmos


昨日までの暑さと打って変わって今日は涼しい一日になりました。

散歩の途中、携帯で撮りました。とうとう秋がやって来たようです。

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2007年9月17日 (月)

学級新聞

Class Class2


実家帰省二日目の9月15日の夜、数人だけで同窓会をしました。

思った以上にとても楽しく懐かしいひと時を過ごすことができました。みなさん、ありがとうございました!

幼稚園、小学校、中学校、高校までの私は、大学時代もやっぱりそうでしたが、とっても無口で内気でした。基本的に人と付き合うのが苦手なのです。そう言うと今の私しか知らない人からは「想像ができない」と言われますが、実は人の基本的な性格は大人になってもそれほど変わらないのではないかと私は思っています。表面に表れる部分はともかく今も相変わらず内向的な性格を引きずっています。

それに加えて今も昔も変わらない自己中心的なこの性格。変わったのは今はその自覚があること。小学校時代からの友達のOさんに「え、自己中だって自分で知ってたわけ?」ってびっくりされました。こっちは、自覚があるにせよ、そうはっきり宣言されると、「え、じゃあ、あなた私のことずっと自己中だって思ってたわけ?」と、反論したくなる。しかし、この自己中によくぞ何十年にも渡りお付き合いくださいました。本当に貴重な人材に感謝しております。

さて、昨年の夏、中学の同窓生4人で集まった時、中学2年の時に作った学級新聞をまだ持っているという話をしたら、それは珍しい、貴重だと言われたのを思い出し、今回実家に帰る前日にそれを引っ張り出して持って行きました。

大変に懐かしがられ、コピーしたものを皆さんに差し上げました。

娘や娘の夫、妹、弟、甥などその他実家でも見せたら、珍しがられ、また中身を読んで大笑いされました。「時代が表れている」、「何がおかしいのか分からない笑い話に笑える」(笑い話が載っていた)、「クラス目標が変」、「中学2年で論説という言葉を知ってるのがすごい」、「おそまつ君はこの時代からあったのか」などなど・・・・娘には「まるで古文書のようだ」と評されました。そう言われてみればわら半紙が黄土色に変色していてそうとも見える。この写真では色は再現されていません。見事に黄土色です。

今時の人は分からないようだけど、コピー機のなかった時代なのでガリ版を使って、右の写真の第三号は私が「ガリ切り」をしました。「音楽コンクールせまる」の記事は私が書いたのをはっきり記憶しています。

引っ込み思案の性格だったけど、こういうことはやっていたんだなあと自分でも意外に思います。人の性格って多面性があるのですね。

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以下はガリ版について知らない人のために「ウィキペディア」からの抜粋です。

「謄写版(とうしゃばん)は、印刷方法の1つ。孔版印刷の1種である。ガリ版(がりばん)ともいう。

発明者はトーマス・エジソンで、1893年ごろに原型がつくられた。日本の堀井新治郎が改良。1894年に完成したものが現代につながる最初の謄写版印刷機であるとされる。ほぼ20世紀全体を通して、日本で多く使われた。

ロウ紙と呼ばれる特殊な原紙を専用のやすりの上に載せ、鉄筆という先端が鉄でできたペンで文字や絵をかく (この作業を「原紙を切る」という)。この部分は紙がけずれて細かい孔がたくさん開く。原紙の上にインクを塗り、下に紙をおいて押さえると、描いた部分の文字や絵の部分だけインクが通過し、印刷されるしくみである。」

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2007年9月12日 (水)

ホタルノヒカリ

「ホタルノヒカリ」というドラマ、先週何気なく見始めたらおもしろかったので最後まで見てしまいました。夜10時からの放送で遅いのですが、今日も見ようっとと思い楽しみにしていたら、なんと今日が最終回でした。がっかり。でも最終回が見れてラッキーだったかな。

10回で完結らしく、私が見たのはこの最後の2回と多分初回分だけ。最初から気を入れてちゃんと見ればよかった・・・と思ったけど終わったものはしょうがない。

こんな話をするとテレビ大好き人間に聞こえるかも知れないですが、実は私はテレビはあまり見ない方です。仕事が夜に集中していて、時間的に無理というのも一つの理由ですが、テレビを見始めると時間がいくらあっても足りないので、その間にできることを考えるとどうしても時間が勿体ない気がしてしまうのです。ですから、見る番組は厳選しなければ・・・で選ぶのが漫画ですかって?

話をホタルノヒカリに戻すと、「オフタイムにはがんばりたくない。恋愛するより家で寝てたい。そんな「干物女」が恋をした!」という話です。私はこの類の漫画のドラマ化みたいなものが好きなんです。深刻なもの、暗くて陰気なもの、どろどろしたメロドラマの類は苦手です。感情移入するので気持ちが沈んでしまうのです。

漫画のドラマ化と言えば、「花より男子」はほとんど欠かさず見てました。そして主人公つくしにすっかりなりきって、道明寺と花沢類の二人の美男子の間で揺れ動いて悩んだり・・・・「一体、年いくつ?」と聞かれそうですが、精神年齢だけはずーっと成長がストップしているみたいです。

「花より男子」は接骨院の待合室で漫画を1巻だけ読み、その後通わなくなったので、続きは「ネットカフェ」なるところで読みました。私が行ったのは「e・パレット」というところでしたが、ソファも快適だし、飲み物も飲み放題だし、かなりリラックスできます。その一回で数冊を読み、またそのうち行こうと思っていたところでテレビの放送が始まり、読むのはそこでストップ、e・パレットにもその後行くチャンスありません。

今回の「ホタルノヒカリ」では「ぶちょお(藤木直人)」にぞっこんになってしまいました。とりあえず今日は部長に恋しています、私。(すぐに熱は冷めるんですが。)ところで「ほたる」役の「綾瀬はるか」がかわいかったです。ふわっとしててかわいいですね。すご~くいいです。ファンになりました。

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2007年9月 2日 (日)

明日もいい天気

Yuhi


本を読んだり、家事をしたりして久しぶりに一日ゆっくりして過ごしました。夕方6時半頃、すっかり日が落ちてからチョコ(チワワ)の散歩をしてたら、西の空が染まっていました。携帯で撮りました。

明日も楽しい一日になりますように!

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2007年8月31日 (金)

一人二役

Hitori_2


「次長課長」の河本准一著「一人二役」を読みました。子供時代から今に至るまでの彼と彼の「オカン」が二人で歩んできた人生が書かれています。

実は2日ほど前、「徹子の部屋」で河本さんがゲストに出ていた時にたまたま後半部分だけを見たのです。わずか30分足らずの間に河本さんの人柄にすっかり魅了され、そこでこの本の存在を知り、早速買ってきて一気に読んでしまいました。(私はすぐ感動するたちでもあります。)

彼は裕福な家庭に生まれ何不自由ない暮らしをしていたけれど、9歳の時に「オカン」が離婚。その後オカンが再婚した相手から家庭内暴力を受けます。命にかかわるほどの虐待を受け、その家からの「夜逃げ」ならぬ「昼逃げ」をすることに。「昼逃げ」決行の際には父親の連れ子であった小さな弟を置いていかなくてはならず、その光景を想像するだけで、私まで胸が痛くなりました。

オカンは女手ひとつで彼を育てるために母親と父親の一人二役をこなしてきました。パンチパーマで風貌も男と間違えられることもしばしば。まさに堂々たるおっさんぶり。何故かオカンはパンチパーマが好きらしい。

「徹子の部屋」で河本さんが言ってましたが、「かわいい、きれい」ではなく「かっこいい」というのが彼の母親に対して使いたい言葉であり、言ってもらいたい言葉なのだそうです。オカンの生き方はかっこいい。ことばで何かを教えるのではなく生きる姿勢を見せることで全部大切なことを息子に教えてきたのです。

私も人の親ではあるがこんな風には到底できません。それにしてもオカンも偉いが、子供も偉い。親がいかに背中で生き方を見せてもぐれる子供はぐれる、世をすねる子供はすねる。すねることもなく、うらむことなく、母とともに誇り高く生きてきた河本さんの人柄に惚れました。

全編を通じてにじみ出る彼の優しさとオカンに対する愛情に読んでいる私までやさしい気持ちになりました。オカンは自分の「連れ」だと言う。二人きりで生きてきた同士のような感覚なのかも知れない。

今でも一緒に風呂に入るというのにも驚きました。息子とお風呂!う~ん、絶対考えられません、私には!

三年前に温泉の家族風呂に入った時、彼はオカンを抱きかかえお湯の中につけたりあげたりして大はしゃぎしたそうで、奥さんがそれを見て大笑いしたというエピソードも書かれていました。当時仕事で一緒だったさんまさんはその話を聞き、散々彼をからかったあげくしみじみと「おまえ、ほんま、オカンが好きなんやなぁ~」と言ったそうです。二人は性別も母子の関係も飛び越えた特別な存在なのです。

さて私の買ったこの本はこれからいろんな人の所を旅することになると思います。読みやすいので誰でもすぐに読めるので勧めやすい本です。

ちなみに昨年「佐賀のがばいばあちゃん」を読んだ時のことです。いろんな人におもしろさを伝えたくて熱心に内容を説明し、エピソードをいくつか再現し、その結果何人もの人が私の買った「がばい」を読むことになりました。また待ちきれず自分で買った人もいました。

私は感動すると黙っていられずにすぐ人に吹聴したくなるのですが、ある人は「まるで映画の一シーンでも見ているようだった」と私の再現劇を評して言いました。作中の人物になりきって演じてしまうのです。

私の娘の夫や、息子のガールフレンド、それにガールフレンドのお母さんまでが読みました。娘の夫が本を読み終わった時に言った言葉は「しかし、ほとんどおかあさんから内容を聞いていたので、読む前から全部知ってる話ばかりでした」ですって。

「ネタを二、三個ばらしました」のレベルではなく、めぼしいところはほとんど網羅してたんですね。気をつけなくっちゃ。

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2007年7月 4日 (水)

「人生の扉」

竹内まりやの「人生の扉」という歌に今すっかり心を奪われている。初めて聞いた時に、感動という言葉よりもっと深い衝撃のようなものを受け涙がこぼれそうになった。人生がいとおしい、生きていることがいとおしいと思えた。

最近発売になったアルバム「Denim」の中に収められている。他の曲も早く聞きたいと思いながら、最近は思うように車が使えない状態にあるのでチャンスがない。NHKの番組「SONGS」に出演された時の映像を、もっぱらネットで見せてもらっている。

もともとあまりテレビなどには出ない人だったけど、久しぶりにご本人が歌っている姿を拝見すると、52歳になったという今の方が、若い頃よりもっと魅力的に見える。(実は同じくらいだと思っていたら、私より若干お若かったのですね。)素敵な人生を歩んでこられたのだろうと思う。こんな風に美しく年を重ねていけたら年を取るのも悪くないと思える。いくつになっても今の年の自分が一番すばらしいと思えるそんな自分でありたいと思う。彼女はそのお手本になる女性だと思う。

「人生の扉」を聞いていると「それでいいんだよ、そのままでいいんだよ」と今の自分の肩をぽんとたたかれているような気がする。勇気づけられる気がする。人生の応援歌のように思える。竹内まりやの歌はこれまでも好きだったけど、今回この歌を聞き、「竹内まりやさん」が大好きになった。

本当は車が使えないというのは言い訳かもしれない。早く他の曲も聞きたいと心がはやる一方で、アルバムが手に入れば急いで全部一気に聞きたくなるけど、それではあまりに勿体ない気がして先に引き伸ばしている自分がいる。そう思うくらいこの曲がすばらしい。聞けば聞くほど好きになり、聞けば聞くほど歌詞の深さに感動する。声は勿論相変わらずかわいらしく魅力的なのは言うまでもない。

著作権侵害にるといけないのですが、まだ聞いたことのない人のために歌詞を掲載します。 素敵な歌を知ってもらいたいので。

「人生の扉」 竹内まりあ

春がまた来るたび ひとつ年を重ね
目に映る景色も 少しずつ変わるよ
陽気にはしゃいでた 幼い日は遠く
気が付けば五十路を 超えた私がいる
信じられない速さで 時は過ぎ去ると 知ってしまったら
どんな小さなことも 覚えていたいと 心が言ったよ

I say it's fun tobe 20
You say it's great to be 30
And they it's lovely to be 40
But I feel it's nice to be 50

満開の桜や 色づく山の紅葉を
この先いったい何度 見ることになるだろう
ひとつひとつ 人生の扉を開けては 感じるその重さ
ひとりひとり 愛する人たちのために 生きてゆきたいよ

I say it's fine to be 60
You say it's alright to be 70
And they say still good to be 80
But I'll maybe live over 90

君のデニムの青が 褪せてゆくほど 味わい増すように
長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ

I say it's sad to get weak
You say it's hard to get older
And they say that life has no meaning
But I still believe it's worth living
But I still believe it's worth living

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2007年7月 3日 (火)

明日の記憶

昨夜テレビで渡辺謙・樋口加奈子主演「明日の記憶」を見た。気になっていた映画だったけど、気が沈みそうでどうしようか迷ったあげく見た。渡辺謙扮する現役バリバリ、50歳の主人公が、物忘れがひどくなりアルツハイマーと診断される。治す薬も予防する方法もない恐ろしい病気だ。最後は愛する人のことも忘れてしまう、自分のアイデンティティもなくしてしまう。しかしそんな重いテーマを描きながら、生きることの意味を考えさせてくれるような映画だった。感動した。そして泣けた。

「人の体は最初の十数年を除いては、後は滅んでいくだけです。死ぬのは宿命、老いるのも宿命、病気にもなります」と及川光博演じる医者が言った(ちょっと違ったかも知れないけど)。実際、人は確実に死に向かって生きている。明日の自分はどうなっているのか誰にもわからない。この年になると確実に年をとることがどういうことだかが実感としてわかるから現実味がありすぎて切ない。

ところで医者が渡辺謙に簡単なテストをする場面があった。ちょっとドキッとした。ギョッ、それ私、ちゃんとできないじゃない!

簡単な三つの言葉を覚えているようにと言われ、その後100から7を引く計算をする。その答えからまたさらに7を引く。もう一つ引き算の問題をする。その後さっきの三つの言葉を言ってくださいと言われる。他にはテーブルの上に載せられた五つの品物を覚えておいて、すぐ目の前で隠される。五つの品物の名前を言わなくてはいけない。

渡辺謙は引き算をぱっぱとやったが、私はそこでしどろもどろ、計算が苦手である。おまけに三つの物も、計算に一生懸命だった後は思い出せないし、五つの品物は最後の一つがどうしても出てこなかった。あれでアルツハイマーの初期症状と診断されるなら私もそれ?映画を見ている間中(感動しながら見ている一方で)三つの物の名前と五つの品物がぐるぐる頭の中を回っていた。お陰でその八個の物は強くインプットされ、当分忘れられそうにない。

昨日映画を見たという友人に聞いたらやっぱり同じようなことを言う。見なかったという友人に、同じテストをやったところ五つの品物のうち一つは答えられなかった。

ああ、良かった。私だけじゃないぞとちょっと安心した。感動的な映画を見て、実はそこが一番気になっていたりするのだ。

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2007年6月22日 (金)

時計 その3

さて、先日の時計の話の後日談である。私から大いなる刺激を受けて、買う必要の全くなかった時計を買おうとしていた妹。私のものと同じワイアードの時計を買う気満々であった。しかし実際に時計売り場で実物を見つけ、手にしてみるとどうも「かわいすぎる」と言う。

妹と私は年を重ねるごとに似てきたと言われる。実際には顔のパーツは全然違っているが顔の雰囲気、特に目が似ているようだ。しかし着るものの傾向は全く違っている。私はかわいいものが好きで、年齢からすれば「普通は着ないでしょう」と言われそうなものを着ている。最近はリボンやフリルのついたような服が流行しているが、私はもともとリボンが大好き、ひらひらしたスカートも大好き。このところ毎年ファッショントレンドはどんどんかわいらしさが増量しているので見るもの見るものほしくなるので困る。が、誤解がないように書き添えると、子供っぽいものは好きではない。かわいいのが好きなのだ。しかもそこに品がなくてはいけない。カジュアルなものも好きだが、かわいくなくてはいけない。他人は何と思っているかは分からない。でもまだ今のところ娘からも「駄目出し」はないし、私自身もまだこれでいけると勝手に思っている。

昨年娘と二人でフランスに行った時に、カフェや地下鉄などでとても品の良い年配の女性を何人も目にして感銘を受けた。年配のカップルでも、夫はダンディ、妻はエレガントというのを目にし、「あんなに品良く、エレガントに年を取れるなら、年取るのもそう悪くないな」と思った。年齢と折り合いをつけてうまくつきあっている感じがする。そして娘に「よし、私もフランス風エレガンスを目指すことにする!」と言うと、娘は「エッツ!路線変更かい?」と言う。そして「ママ、今の路線じゃ無理だと思った時に変更すればいいんじゃない?または、私がもう無理だと思ったら言うから、その時でいいんじゃない?」と続けた。

確かに着るものも身に着けるものも基本的に全部変えないとフランス風エレガンスは実現できないし、それも大変だ。元も違えば、財力もない。娘の駄目出しが出るまでこのままで行くこととする。

ところで前回のそのフランス旅行で(と言ってもフランス旅行はそれ一回きりだが)、自宅に招いてくださった知り合いのフランス人ご一家は絵に描いたように素敵だった。フランスの人たちは割合に小柄でスリムなようである。どうしたらそこまで大きくなれるんだと思うような肥満体型の人はあまり見かけない。見かけたとしたらそれはアメリカ人旅行者に違いない。その一家は全員スリムでしかも背が高い。父親はハンサム、母親はエレガントで美人、娘は母に似てモデルのように美しく愛らしい。その日、母娘はジーンズを身に着けていたが、ジーンズにスニーカーではない。ジーンズでヒールの高いミュールである。だから、と言うわけではないが、私もジーンズはヒールと合わせる。

さて妹である。彼女はいつもカジュアルな服装で、スカートは何年もはいたことがないと言う。ただ、勤務先の会社の制服はスカートだと聞いている。顔が似ていても全体の雰囲気が違うとしたら、身長の差かも知れない。

妹は背が高く、私は低い。妹は母に似て私は父に似たのだろう。または、年が7歳違っていて、私はきっと栄養が足りなかったに違いない。何しろ日本中が貧しかった時代に生まれているから・・・いや、確か、妹は子供の頃は好き嫌いが激しくて食欠児童のようにガリガリだった。大人になった妹は今やガリガリの片鱗もなくなったが、ずっと細身を維持していた。本人も自分は絶対太れないタイプと思っていたようだが、おっとどっこい、いつの頃からかどんどんたくましくなってきた。今や妹は事あるごとに「やせなくっちゃ!」だの「ああ、やせられないよぉ」と大騒ぎしている。一度、今流行のチュニックに一目惚れして買ってきたことがある。翌日それを着て出かけようとしたところ、ご主人に「妊婦みたいだ」と言われたそうだ。エッ?と思い急いで部屋に戻り鏡で全身をチェック。すると何だか自分でも急に妊婦服のように見えてきた。確かに胸に切り替えが入ってフワッとしたタイプのチュニックはものによってはそう見える危険性大である。その場で脱いで翌日返品となったそうだ。そしてまたいつものごとく「やせなくっちゃ!」と騒ぐ。かわいい服は着たくても、最近の服は細くなくては似合わないらしい。と言っても妹の名誉のために一言書き添えておくが、普通の人と比べれば全然太っているわけではない。悪いのは最近の服だ。最近の流行だ・・・少なくとも最近のヤングファッションだ。

さて、話を時計に戻す。「自分にはかわいすぎる」と思い、一度ならず二度も三度も見に行き、結局買わずにいるという話を電話で聞いた。違うものもいくつか検討しているらしい。スポンサーの息子は「まだ決めてないのか?」とあきれていると言う。(この優柔不断ぶりは私の娘にそっくりだ。)私のところと同じで、息子は今や母より高給取りである。

結局どうなったんだろう。今日あたり電話でもして、その後の展開を聞こう。そう思っていた矢先、メールが入った。

「買ったぞ、時計。お揃いだ!いいよ、これかわいい、やっぱり・・・・・・・その後、ブログ(時計その1とその2のこと)見て、笑ってしまった。完全に『感染』したね。」

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2007年6月16日 (土)

時計 その2

時計の話の続きである。その後娘と二人で時計を買いに行った。ワイアードのピンクのかわいらしいフェイスが気に入り、妹にも絶賛されたので、ほぼそれにしようと決めて出かけた。

他にもいろいろ見て比較してみたかったのでわざわざ新潟市まで出かけて行った。ところが、一目惚れしたその時計は強く心にインプットされているので他のものを見ても意欲がわかない。ただ確かに例の友人の言うとおり文字盤は長方形でファッション性重視のためちょっと読みにくいと言う若干の不安も内心なくもない。

そこで店員さんの目の前で練習をすることに・・・時計の針を4時半、5時半、また別の中途半端な時間に合わせて読んでみた。大丈夫、ちゃんと読める。確かに若干見にくいかも・・・でも大丈夫・・・少なくとも慣れれば大丈夫。

「慣れれば大丈夫」と言ったのは娘の方だった。私がこれに決めれば予算より大分安く上がる。何しろ今回のスポンサーは娘である。私の方は何よりもその時計を数日前に見た時に一目惚れしてしまったものだからせっかくたくさん揃っているところにわざわざ行ったのに、他のものを見ても見えていない。ちゃんと見ていれば、多分もっと良い時計は山ほどあったはずだ。

結局、その時計をそのままサイズ調節してもらい、腕にはめて店を出た。娘にお礼を言い「すごーく気に入ったから、これから100年使う!」と宣言したが、「100年は無理でしょう」とあっさり言われた。第一生きてない。

娘は帰りの車の中で突然私に「今何時?」と聞いてきた。「12時25分」と私。「よろしい」と娘。ちゃんと文字盤は間違いなく読めている。帰り道に地元三条のイタリアンレストランに行った。ランチをして帰れば丁度午後のレッスンに余裕を持って家に帰ることができる。(私は英語の教室をやっている。)

レストランに入り注文をして待っていたが、今日は混んでいて注文がなかなか来ない。「遅いねえ。ねえ、今何時?」と娘。「2時半」と答える私。「ママ、大変だよ・・・」とあわてる娘。そうだった午後3時半からレッスンだった、こんなところでのんびりお昼を食べているような時間ではない、とあせった私に娘が言う。「1時半なんですけどぉ。」

これは不覚であった。何気なく聞かれたものだから不意をつかれ、間違えてしまった。娘はその後も何度か私に時間を聞いてきたが、すべて正解だった。「どんなもんだい!」と自慢する。とは言ってみても時計なのだから正解するのが当たり前。見た目を重視したために若干読みづらい時計だったのは認めよう。

しかし半月以上も過ぎた今ではそんな間違いもなくなった。毎日愛用するうちにますます愛着が湧いてきた。自分の持ち物には並外れた愛着や愛情を持つタイプなのだ。大袈裟と言われようが何と言われようが、この方が幸せだ。大好きなものが多ければ多いほどその人は幸せだと信じる。

ちなみに、今日電話で京都にいる妹に聞いてみた。「ところで、時計って、もともと買う予定あったの?」。案の定そんな予定はなかった。私が大騒ぎしたことで自分も買う気になってしまったと言う。出かけると時計ばかり気になりウインドウを覗いてしまうそうだ。明日、妹は大学生になったばかりの娘と二人で時計を見に行くと言っている。娘の方も時計が欲しいと言っているそうだ。私の時計はどうやら「感染」するらしい。

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2007年6月15日 (金)

時計 その1

長年愛用してきた時計が突然消えた。先月初めの連休で石川県の実家に行った時のことだった。

実家は小松にあるが、金沢で鈍行に乗り換え40分ほどの位置にある。この度は娘と二人で実家に行った。途中金沢で降り、小松に向かう前に半日くらいの観光をしようと、そのまま東茶屋街方面に行ってきた。地元は案外行かないもので、東茶屋に行くのは生まれて初めてだった。

東茶屋街のお茶屋さんで抹茶と和菓子をいただいている最中に時計がないことに気づいた。あわててデジカメを見てみると、入り口で撮った写真までは確かに私の腕には時計がきらめいていた。それがお茶屋さんで今しがた撮ったばかりの写真ではなくなっている。そこで最初に写真を撮った地点からお茶屋さんとの間の数十メートルを二、三回行きつ戻りつして調べてみたが何としても見当たらない。

あれは数年前にポールと言うアメリカ人の友人をたずねてアトランタに旅行した時に二人で一緒に選んだものだった。アン・クラインというアメリカのファッション時計で安価なものだったが、細いブレスレットタイプで華奢な感じが大変気に入って数年間愛用してきたものである。留め金が緩んでいて危うくなくしそうになったことはあったが、何とか今まで無事に過ごしてきた。その愛着ある時計がなくなったのはかなりショックな出来事だ。

しかしないものはない。そこで新しい時計が必要になった。同じ時期に、合わせて京都から実家に帰っていた妹や父の前で時計紛失事件の顛末を事細かに話し、デジカメの証拠写真も見せ、結構大袈裟に騒いだ。大袈裟と言うより私の場合、感情の起伏が激しいので、本人は素直に感じたままを表現しているだけだが、人から見ると大袈裟に見えるらしい。そんな安物の時計ごときに・・・などと。そういえばいつかお気に入りのティーカップの縁が欠けた時に、悲しんでいる私を見て「大袈裟だ」とバッサリ言った人がいる。感受性の違いはいかんともしがたく、その人には到底理解してもらえそうにない。

まあ、しかし、あきらめるしかない。そこで一緒にいた娘に「母の日のプレゼントは時計にしてね!」と言った。横で聞いていた妹は「自分からそんなもん要求するか?」とあきれた様子で言っていたが、娘は「いいよ」と言ってくれた。娘がそう言ってくれることを承知の上で言ってるのだ。(幸か不幸か、今や娘の方が私より高給取りである。)

ならば、娘が結婚前に今の夫から誕生日にプレゼントしてもらったセイコーのルキアが私も欲しいと言い、彼女の腕に輝いているダイヤで縁取られた淡いピンクの文字盤の時計をはめさせてもらった。すると妹は「ウワッ、いいなあ!私もそれが欲しい!」と叫ぶ。「おっ、そこで便乗か、あんた持ってるんじゃないの、時計?」と一瞬思う。「で、いくらだったの?」と妹。娘、「5万ちょっと」。妹、「そりゃ無理だ。高すぎるわ。」

母の日はとっくに過ぎたが、後日一人で時計を見に行った。するとセイコーのワイアードというシリーズでやたらかわいい時計があるではないか。きらきらときらめき、宝石箱を開いたように美しい。腕にはめてみるとルキアより細めにできていて、同じく文字盤が淡いピンクの長方形。むしろこちらの方が私にはぴったりする。

そもそも私は時計にしろネックレスの類にしろあまり太いもの豪華なものより、華奢で細めのものが好きという安上がりのタイプだ。だいたい小柄な私にはそちらの方が似合う。店員さんもはるかに安いワイアードのその時計の方が似合うと断言した。高いほうを似合うと言われても信頼性に欠けるが、この場合は逆だ。よし、これにしようと思い、娘にその晩報告した。早速、週末に一緒に買いに行くことになった。

翌日、友人とランチに出たついでにその時計を見せたいと思い、その店に連れて行った。彼女の反応はと言えば、一目見るなり、「こんなの見にくくてしょうがないね、私ならこっちだな。文字盤は丸いに限る。」とさんざんなものだった。おっと、しまった、人選を完全に間違えたようだ。考えて見れば、車は乗れれば良い、服は着れれば良い、時計は時間が分かれば良いという超実用派の人だったのだ。

その晩インターネットでその時計のサイトを見つけ妹にメールで送った。妹はそれを見るや、「ウワッ、かわいい!値段もちょうど良い。私もこれを息子にねだろう!。」ときた。まあ、洋服じゃないからおそろいでも構わないが、時計買う予定は実際あったのだろうかという疑問が残る。それに、確か「そんなもん自分から要求するか?」と突っ込み入れてたのはあなたでしょう。まあ、しかし、やっぱり、聞くべき人に聞いて正解だった。妹はセンスが良いし、その点信頼ができる。妹の太鼓判をもらったからには間違いない。

今も、あの長年親しんだアン・クラインの時計、値段以上の思い入れあるあの時計との別れは悲しくて胸が痛むが、形あるものはいつかはなくなるというのも世の常だ。しかし別れの次には出会いがある。新しい時計との出会いに心はときめき、なんだか嬉しくハッピーな気分でいっぱいである。

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2007年6月14日 (木)

デトックス

いよいよ暑くなってきました。昨日は一番気温の高かったのは北海道東部だったそうです。

夏と冬のどちらが好きかと聞かれれば、夏と答える。寒いと動きが鈍くなる。さらにこちらは雪も降るから大変だ。冬のこたつの快適さも捨てがたいが、やはり夏の方がいい。私は昔からあまり汗をかかない方なので、うらやましがられた。「涼しそうな顔してるけど、暑くないの?」聞かれたりもした。体感温度は人によって違うので私は常に低めなのだろう。

体感温度と言えばアメリカやオーストラリアに行くと、この寒いのにと思うような日にレストランのテラス席で食事をしているのを見かけたりする。また日本にいる外国の方々も冬でも半そでTシャツだったりする。

さて、汗をあまりかかないということはどちらかと言うとうらやましがられることであり、自分でも良いことだと長年信じてきた。何しろテレビなんかで女優は汗をかかないとか女優は顔には絶対汗をかかないとか言ってるのをよく耳にしたことがある。汗をかくとメイクが崩れるからプロ意識の高い女優は顔に汗をかかないと。そういうこともあり、女優並の汗の少なさを心中ひそかに自慢にもしていた。「体質的にもともとが女優なのよ」などどほくそえんでもいた。

ところが最近は風向きがすっかり変わってきた。昨年「デトックス」という言葉が大いに流行った。「あまり汗をかかない」などとまかり間違って人前で言おうものなら、「大丈夫なの心配だわ、どこか具合悪いんじゃない?」とか「代謝が悪いんじゃないの?」、とか「汗をかくように体質改善するべきだ」とか言われ、まるで罪人のような目で見られる。いや、実際汗は出ます、人と比べると出方が少ないだけなんですと弁明してもなかなか許してもらえない。

昨年、実家の石川に帰った時に、「ゆめのゆ」という健康ランドに父と妹の三人で行って来た。そこで初めて近頃よく耳にする岩盤浴なるものを体験した。そこは確かシングルで25分、ダブルだと前半25分の後に5分休憩をし水分を補給してからまた25分入る。まず普通のお風呂で軽く流してくる。そしてそこで用意された浴衣に着替え、「岩床」にタオルを敷いて横たわる。「天照石などから発生する遠赤外線と活性炭シートからも発生する遠赤外線ダブル効果は、寝そべっているだけで温熱効果を発揮し、細胞は活性化され、多量の汗と共に体内の老廃物を排出してくれます。」と謳っている。よくわからないけど、何だか効きそう。

私達はダブルのコースを選んだ。癒し系の音楽を聞きながら、横たわって5分ほどで隣にいる妹が「もうすでに汗びっしょりだ」と言う。しかし私はまだ暖かくて気持ちが良い感じ。そして最初の25分はほとんど汗をかかずに終了。やっぱり、人より代謝が良くないのか、と思う。ミネラルウォーターを大量に飲んだ後、後半、やっとじわじわとくる。おおっ、人並みに汗がいっぱい出てきたぞと喜ぶ。後半が終わる頃には結構びしょびしょになるほど汗が出る。

体中の毒が出て行ったような気分になった。これがデトックス効果なのか、非常に爽快。何だかお肌もきれいになった気分。もしかしたら気分だけかもしれないが。また来ようと思った。

そして、実家から家に帰ってくると猛暑である。昨年は近年にない猛暑であった。二階の自分の部屋で冷房をつけずにいると汗がたらたら出る。おおっ!これは岩盤浴と同じ効果が期待できるかも知れない。よしよし、デトックス、デトックス、と思うとこのたまらない暑さがうれしい。人間気の持ちようで同じことでも感じ方が変るものだ。

その岩盤浴に今年の春、また父と妹と娘の三人で行ってきた。初体験の時ほどの感動はすでになくなっていた。次回はエステにでもするかと妹と話していたが、人に顔をいじられるのが苦手な私はだめかも知れない。相手はプロなんだから別に良いじゃんと思われそうだが、基本的に自分を全部さらけ出すのに抵抗がある。本当は美容院にだって行かずに済むものなら行きたくないくらいだ。

ちなみにどうしてエステという話になったかと言うと、父が「ゆめのゆ」に着いたとき「金に糸目はつけない、好きにやりなさい」と言ったからである。糸目はつけないと言われたものの、入場料は招待券で無料、飲み物や食べ物はお手ごろ価格のものばかり、岩盤浴もダブルで700円。せっかく糸目がないというのにこれでは散財の仕様もない。ならば次回は高価そうなエステサロンでも探して行ってみようかとなったのだ。

今日は一日暑かった。暑い夏は今や大歓迎。今年も猛暑と言ううわさに「さあ、いつでもいらっしゃい!」と心待ちにしている。ただし汗をかくと赤ちゃんみたいに、あせもができる私。うっかりしていたら今日もおなかの辺りが痒くなってきた。ああ、それから貧血もあるんだった。やっぱり、手放しの大歓迎って訳にはいかないかもね。

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2007年6月 8日 (金)

YOU

この間「笑っていいとも」にYOUが出ていました。彼女は美容院が嫌いで、自分で自分の髪を切っていると言う。その理由は「美容院が嫌いなの、だってお天気の話とかしなくちゃいけないでしょ」だそうだ。さらに続けて「もし、自分の思ってる通りにならなかったら嫌いな人が増えちゃうじゃないですかぁ」。はあ~、ごもっとも。

もともと天パーと言うか、くせ毛らしい。それにしてもお上手、とっても自分で切ってる風には見えません。芸能人なのに・・・この放送を見てからますますYOUが好きになった。もう上に「大」がつく程好きになった。もうそれほど若くはないはずだけど、とっても素適。素適は年齢に関係ない。くったくがなく、自然でかわいい(見ようによっては魔法使いのおばあさん風にも見えると誰かがテレビで言ってたなあ・・・)。ユニークな感性が何よりいい。

何の車か忘れたけど、車のCMに出てるYOUも素適でとってもいいです。「ちょっと寄り道していく」とYOUが言い、「子離れした母はなんかいい・・・」とその場に一人とり残された息子がつぶやき、車で去っていく母を呆然と見送る・・・

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健康診断

2007年6月7日(木)
健康診断
市の健康診断に朝から出かけました。昨夜はこのブログを作るために深夜まで格闘。明日のためにも早く寝なくっちゃと思いながらつい遅くなってしまいました。

自分は何となく健康であると根拠のない自信を持ち続け、健診を受けたことがながったのだけれど、数年前、娘に行くべきだと言われしぶしぶ行ってきたら、最初の年に「高コレステロール」と「貧血」で「要注意」、2年目には「要医療」の通知が来てしまいました。貧血はしばらく鉄を処方されて終わり。鉄分は飲んでいれば数値が上がるし、やめればまた下がるでしょうが、今は特に何もしていません。

コレステロールに関しては、様子を見ましょうという感じで食事だけ気をつけて過ごすことに。そしてかなり気をつけていたにもかかわらず、次の年も「要医療」となり、しぶしぶ心臓の先生のところに行き再検査したところさらに数値は上がっている。魚卵が良くないとか言うので大好きな数の子もたらこも極力食べないで我慢していたというのに何の甲斐もなし。ついに薬を処方されてしまったその日、「もう止めた!」と宣言し、数の子をパクパク食べまくりました・・・で、その日から1週間かそこらお薬を飲んでいたのですが、その後行った婦人科の先生や普通の内科の先生からは「あなたの場合、善玉コレステロールも多く、体脂肪も少ないので薬は無理に飲まなくても良い」と言われ、それを良いことに、きっぱり止めてしまいました。年のせいもありl女性は高くなるんだそうです。コレステロールの薬はやめましたが、HRT(ホルモン補充療法)で女性ホルモンを処方してもらっています。今年の結果はどう出るか実はちょっと楽しみです。

今日の市の健診の結果は1ヵ月後くらいに通知されます。血圧は今日は99と55。計った方には低いですねと言われましたが、お医者さんの面談では「おっ、血圧も良いですね。」という反応。高血圧は困るけど、低いのはたいして問題にはならないようです。計る時間帯とかその日によりもっと低い時もあるけど、大体こんな感じです。

健康なくしては美しさもなし、「素適」もなし。健康には年を追うごとに気を配っています。特に食生活は全ての根本だというのが私の信条です。

首に縄をつけるようにして一緒に連れて行った主人は「血尿」と言われ、早速にその場で医療機関宛の紙が渡されてしまいました。病院にその紙を持って行くと検査の予約が来週入りました。何でもなければ良いですが・・・やはりある程度の年齢になったら健康に常に気を配らなくてはいけないとつくづく思います。

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2007年6月 6日 (水)

素適は50歳から

カネボウ化粧品エビータのキャッチコピーです。CMに出ている風吹ジュンさんは今も本当にかわいらしく、むしろ若い頃より魅力的です。同世代でこんな素適な人がいると、とっても勇気づけられます。彼女には到底及びませんが、私も同世代の人はもちろん、若い人たちからも「こんな風になりたい!」と目標にされるようにいつまでも輝き続ける素適な女性でいたいと思います。

風吹ジュンさんの他には、阿川佐和子さんが大好きです。見た目もかわいいのですが、何と言っても脳天気でおっちょこちょいのその性格がかわいらしい。彼女のエッセイを見るとその人となりがわかり誰もが愛さずにはいられない。ブックオフで阿川佐和子のエッセイ集を買い占めてベッドサイド・ブックにしています。

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