長年愛用してきた時計が突然消えた。先月初めの連休で石川県の実家に行った時のことだった。
実家は小松にあるが、金沢で鈍行に乗り換え40分ほどの位置にある。この度は娘と二人で実家に行った。途中金沢で降り、小松に向かう前に半日くらいの観光をしようと、そのまま東茶屋街方面に行ってきた。地元は案外行かないもので、東茶屋に行くのは生まれて初めてだった。
東茶屋街のお茶屋さんで抹茶と和菓子をいただいている最中に時計がないことに気づいた。あわててデジカメを見てみると、入り口で撮った写真までは確かに私の腕には時計がきらめいていた。それがお茶屋さんで今しがた撮ったばかりの写真ではなくなっている。そこで最初に写真を撮った地点からお茶屋さんとの間の数十メートルを二、三回行きつ戻りつして調べてみたが何としても見当たらない。
あれは数年前にポールと言うアメリカ人の友人をたずねてアトランタに旅行した時に二人で一緒に選んだものだった。アン・クラインというアメリカのファッション時計で安価なものだったが、細いブレスレットタイプで華奢な感じが大変気に入って数年間愛用してきたものである。留め金が緩んでいて危うくなくしそうになったことはあったが、何とか今まで無事に過ごしてきた。その愛着ある時計がなくなったのはかなりショックな出来事だ。
しかしないものはない。そこで新しい時計が必要になった。同じ時期に、合わせて京都から実家に帰っていた妹や父の前で時計紛失事件の顛末を事細かに話し、デジカメの証拠写真も見せ、結構大袈裟に騒いだ。大袈裟と言うより私の場合、感情の起伏が激しいので、本人は素直に感じたままを表現しているだけだが、人から見ると大袈裟に見えるらしい。そんな安物の時計ごときに・・・などと。そういえばいつかお気に入りのティーカップの縁が欠けた時に、悲しんでいる私を見て「大袈裟だ」とバッサリ言った人がいる。感受性の違いはいかんともしがたく、その人には到底理解してもらえそうにない。
まあ、しかし、あきらめるしかない。そこで一緒にいた娘に「母の日のプレゼントは時計にしてね!」と言った。横で聞いていた妹は「自分からそんなもん要求するか?」とあきれた様子で言っていたが、娘は「いいよ」と言ってくれた。娘がそう言ってくれることを承知の上で言ってるのだ。(幸か不幸か、今や娘の方が私より高給取りである。)
ならば、娘が結婚前に今の夫から誕生日にプレゼントしてもらったセイコーのルキアが私も欲しいと言い、彼女の腕に輝いているダイヤで縁取られた淡いピンクの文字盤の時計をはめさせてもらった。すると妹は「ウワッ、いいなあ!私もそれが欲しい!」と叫ぶ。「おっ、そこで便乗か、あんた持ってるんじゃないの、時計?」と一瞬思う。「で、いくらだったの?」と妹。娘、「5万ちょっと」。妹、「そりゃ無理だ。高すぎるわ。」
母の日はとっくに過ぎたが、後日一人で時計を見に行った。するとセイコーのワイアードというシリーズでやたらかわいい時計があるではないか。きらきらときらめき、宝石箱を開いたように美しい。腕にはめてみるとルキアより細めにできていて、同じく文字盤が淡いピンクの長方形。むしろこちらの方が私にはぴったりする。
そもそも私は時計にしろネックレスの類にしろあまり太いもの豪華なものより、華奢で細めのものが好きという安上がりのタイプだ。だいたい小柄な私にはそちらの方が似合う。店員さんもはるかに安いワイアードのその時計の方が似合うと断言した。高いほうを似合うと言われても信頼性に欠けるが、この場合は逆だ。よし、これにしようと思い、娘にその晩報告した。早速、週末に一緒に買いに行くことになった。
翌日、友人とランチに出たついでにその時計を見せたいと思い、その店に連れて行った。彼女の反応はと言えば、一目見るなり、「こんなの見にくくてしょうがないね、私ならこっちだな。文字盤は丸いに限る。」とさんざんなものだった。おっと、しまった、人選を完全に間違えたようだ。考えて見れば、車は乗れれば良い、服は着れれば良い、時計は時間が分かれば良いという超実用派の人だったのだ。
その晩インターネットでその時計のサイトを見つけ妹にメールで送った。妹はそれを見るや、「ウワッ、かわいい!値段もちょうど良い。私もこれを息子にねだろう!。」ときた。まあ、洋服じゃないからおそろいでも構わないが、時計買う予定は実際あったのだろうかという疑問が残る。それに、確か「そんなもん自分から要求するか?」と突っ込み入れてたのはあなたでしょう。まあ、しかし、やっぱり、聞くべき人に聞いて正解だった。妹はセンスが良いし、その点信頼ができる。妹の太鼓判をもらったからには間違いない。
今も、あの長年親しんだアン・クラインの時計、値段以上の思い入れあるあの時計との別れは悲しくて胸が痛むが、形あるものはいつかはなくなるというのも世の常だ。しかし別れの次には出会いがある。新しい時計との出会いに心はときめき、なんだか嬉しくハッピーな気分でいっぱいである。
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